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「超」だの「ド」だのがついても由緒正しい言葉がある【呉智英】

「日本語ブーム」の今、見落とされてはいけない「日本語の真実」


近年、日本語の表記が乱れているように見られがちだ。「僕」は「ボク」、「骨」は「コツ」、「物」は「モノ」と、安易に片仮名が使われるようになっている。その背景と理由を呉智英著『ロゴスの名はロゴス』から解説する。一方で、「超ド級」のように乱暴に見えて由緒正しい言葉もあることをご存知だろうか。


写真:PIXTA

 

◾️ 「ボク」「キミ」「コツ」に見る日本語表記の乱れ

 

 日本語の文章は、原則として漢字・平仮名・片仮名の三種類の文字で表記される。時には「Aクラス」「NTT」「三K職業」「ベスト5」など、アルファベットや算用数字が使われることもあるが、これは特殊な場合だ。

 漢字は、表意文字(表語文字とも言う)と呼ばれるぐらいだから、文章の中核となる抽象語や重要語に用いる。表音文字である平仮名と片仮名は、それ以外に広く用いる。平仮名と片仮名とでは、普通の文章では平仮名を用い、外来語や特殊な含意のある言葉など、特に強調したい言葉には片仮名を用いる。

 以上のことは日本語表記の大原則だ。小学校の国語の授業で誰もが習っているはずである。ところが、これが少し崩れ出している。外来語以外でも片仮名が頻用されるようになっているのだ。

 よく目にするのは「僕」を「ボク」、「君」を「キミ」とする例である。これは1960年代の後半、今はなき若者向け週刊誌「平凡パンチ」から始まった。片仮名は音声を表す時に使われることが多い。そのため「ボク」「キミ」とすると、読者に親近感を抱かせることができる。会話らしさを強調し、読者に親しみを感じさせる。しかし、半面ではこれは軽薄な印象を与える。そういうことを承知の上で片仮名を用いるのなら表現上の一つの選択だが、無自覚に用いるのはやめたほうがいいだろう。

 無自覚な片仮名表記は、必ずしも若者向け雑誌だけでなく、大新聞の記事にも見られる。これは会話らしさの強調とは別の事情が背景にある。例を挙げよう。次の文章をまず読んでもらいたい。

 

●白い衣類の洗濯の骨は汚れた部分のつまみ洗いだ。

 

 読むのにひっかかるところがあったはずだ。洗濯のほね? 何だ、こりゃ、と思った読者が多いだろう。正しい読み方は「洗濯のこつ」である。「こつ」を「骨」と書くなんてそもそも知らなかった、という人もいるかもしれない。「骨法(物事の骨格となる法則)」の略だから「骨」である。

 「骨」を「コツ」と書く新聞が多いのは、「骨」では「ほね」と読み誤る人が多いからだ。それなら「骨」にルビ(ふり仮名)をふればよさそうなものだが、現在の新聞では、行数の関係から、原則としてルビをつけない。しかたなく「コツ」と書くようになり、そのうち、これが若者言葉のように思われ、定着しつつある。新聞の文章は国民が日常的に接するものだけに、適切なルビを使って、正確で多様な日本語表現が可能になるようにしてもらいたいものだ。

次のページただし「超ド級」は根拠のある言葉

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呉智英

くれ ともふさ/ごちえい

評論家

評論家。一九四六年生まれ。愛知県出身。早稲田大法学部卒業。評論の対象は、社会、文化、言葉、マンガなど。日本マンガ学会発足時から十四年間理事を務めた(そのうち会長を四期)。東京理科大学、愛知県立大学などで非常勤講師を務めた。『封建主義 その論理と情熱』『読書家の新技術』『大衆食堂の人々』『現代マンガの全体像』『マンガ狂につける薬』『危険な思想家』『犬儒派だもの』『現代人の論語』『吉本隆明という共同幻想』『つぎはぎ仏教入門』『真実の名古屋論』『日本衆愚社会』『バカに唾をかけろ』など著書多数。加藤博子との共著『死と向き合う言葉』(小社刊)がある。「呉智英 言葉の診察室」シリーズ全四冊(①『言葉につける薬』、②『ロゴスの名はロゴス』、③『言葉の常備薬』、④『言葉の煎じ薬』)がベスト新書より【増補新版】で刊行。

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