「電源目当ての客お断り」の飲食店急増……「ポケモンGO」の弊害
「ポケモンGO」が変えた、もう一つの街の地図(前編)
ポケモンGOが街から消しつつある「電源カフェ」
「申し訳ございませんが、当店ではそのようなご要望にお応えいたしかねます」と言われてしまった。2016年7月末、一時帰国中の東京で駅ビルにある喫茶店に入り、iPhoneが充電できる席に座りたい、と言ったときの店員の返答だ。いつの間に。私の記憶が確かならば、1年前までここは電子機器を充電しながら長居のできる「電源カフェ」として、いわゆるノマドワーカーに人気の店だったはずだ。
目を走らせると、壁の清掃作業用コンセントは客が勝手に使わないようにすべて塞がれている。「大勢の皆様に、お応えすることが、できませんものでぇー……」と語尾を伸ばした店員女子の顔に、なんとも言えない苦笑いが浮かんでいた。その顔にハッとして、私は思わず、口に出しそうになった。
「え、ちょっとやだ誤解しないでよ、私が電源確保したいのは仕事の打ち合わせがあるからだよ、『ポケモンGO』遊んでて充電が切れちゃったわけじゃないよ!? いや、遊んでた、たしかに朝はちょっと遊んでたけど、それだけで外出先で充電切れたわけじゃないからね!?」
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2016年7月22日、米国ナイアンティック社のスマホゲームアプリ『ポケモンGO』がついに日本でもリリースされた。AR(拡張現実)の技術を活用し、プレイヤーの現在位置とゲーム内の仮想現実がリンクして「日常生活の中でポケモンをゲットできる」という臨場感、没入感が受けて、爆発的な人気となったのは皆様ご承知の通りだろう。
リリース前から株価を変動させたり、人身事故のニュースや感動のエピソードが連日メディアを賑わせたり、それはもう大変な騒ぎだった。中でも私のお気に入りは、何キロ歩いたかに応じて卵が孵る仕組みのこのゲームで、「オバマ大統領が8年かけて成し得なかった肥満児対策があっという間に解決しそうだ」とか、「アメリカ人がようやくメートル法を覚えた」といったもの。滅びろ、ヤードポンド法。
一方で批判的な意見も後を絶たず、皮肉屋たちは「長期的なポケモノミクス(経済効果)なんて見込めない、せいぜいがモバイルバッテリーの売上に貢献するくらいだろう」とも述べた。実際、リリース後は世界的にスマホ充電機器が売れまくっているらしい。私のようなiPhone中毒患者にとっては今更買うまでもなく常に持ち歩いている毎日の生活必需品だが、普段そこまでスマホを使わずに生きてきた世間一般の人々にとっては、これが「充電QOL(クオリティ・オブ・ライフ)」を意識する初めての体験となったのかもしれない。
因果関係は不明ながら、いや、きっとその結果として、この駅前喫茶店もまた、「電源目当ての客お断り」に方針を変更したに違いないのだった。一人二人のギークにだけなら壁際の電源席を使わせてやってもよいが、親子連れから営業マンから女子会から老人会まで、ありとあらゆる客が「位置ゲーは電池を食うから充電させろ」と言ってくるのでは、飲食店もたまったもんじゃないだろう。同情しかない。
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どれだけ高性能なモバイルバッテリーを持ち歩いていてもなお足りない電力を補うべく、コーヒーの風味よりもケーキの種類よりも「電源が確保できるか否か?」で喫茶店を選び、近場の電源カフェ情報を交換するアプリまで愛用してきたノマドワーカーにとっては大打撃。今までコツコツ更新してきた街の便利スポット地図がガラリと塗り替えられかねない、深刻な事態に気づかされたのだった。まぁ「ノマドワーカー」自体がすでに死語となっているのかもしれないが。