パソコンとともに生きてきた【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第20回
森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第20回
【すべてが電子化へ向かっている】
自動車も進化しているけれど、昔に比べて、道路は整備され、ナビもあるし、車内も快適で、さらに安全性も高まっている。ところが、自動車が何故必要なのかを考えると、遠方の人に会うため、遠方の景色を見にいくため、なにかの荷物を運ぶため、といった目的自体が減少している。そういったものは電子化されつつあるからだ。
パソコンも進化したけれど、昔に比べて、ネットが整備され、クラウドなども普及した。昔は、作文してプリントアウトしたが、今はプリンタは必要ない。スキャナを使う機会も減少した。最初から3Dで作図し、いわゆる図面というものが不要になりつつある。しかも、設計そのものをAIが行うようになる未来が近い。何にパソコンを使うのか、と考えても、これといって思いつかない。友達とつながるため? 年賀状を出すため?
人間の役割もどんどん変わっている。昔は、綺麗な文字が書ける、正しく文章が書ける、英訳ができる、図面が描ける、写真が撮れる、会計簿がつけられる、法律に詳しいなどなど、各種の技能が人間に備わっていた。そのために勉強し、経験を積んだ。何のために人を使うのかが明確だった。ところが、今はそれが必要ない。そういった技能は、人間から離れたところにある。ソフトやアプリで安価に手に入る。かつて専門職でないとできなかった作業が、今は誰にでもできるようになった。
科学技術が進歩し、それらが社会に普及していく。これによって、難しいことが簡単になり、専門知識がない人でも判断ができるものが増えた。これは、百年以上まえからずっと続いている傾向であり、人間の仕事は機械に置き換わっている。平均的に見れば、明らかに人間は楽になった。人間だけではない、動物も楽になった。
コンピュータやAIの進出によって、人間の仕事が奪われることは、現象的にはそのとおりであるけれど、実質的には、それだけ人間が楽に生きられる社会を実現していることと等しい。もちろん、一時的、局所的には、職を奪われて、転職を迫られるという人も出るので、こういった部分になんらかの補助が必要な場合もある。しかし、ワープロが出始めて、和文タイプを仕事にしていた人は失業したし、パソコンの普及で会計簿をつけていた事務員も失業した。そういった人に国の補助がされたという記憶はない。人知れず、さまざまなところでリストラが行われ、直接原因が顕著にならないだけかもしれない。だが、何十年もこの自動化、電子化の波が押し寄せているわりには、失業率が大幅に増加していないのは、それなりに人間の仕事が存在することを示している。
個々の仕事は、楽なわり賃金が高い、という方向へ変化してきた。今後も、さらにこの変化が続くはず。どんどん楽になり、どんどん賃金が高くなる。科学技術の進歩のおかげだといえる。
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世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?
森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。
〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。