「綺麗事」が「本当に綺麗なこと」になる【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第21回
森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第21回
【異文化を認識して理解する】
辛辣な物言いをすることが、老年には一種の誠意なのである。だから、信頼を得るために、わざと皮肉をいったりする。タレントにも、そういった役割の人たちがいるだろう。たとえば、「ご意見番」とか「毒舌」などと呼ばれたりもする。同じ世代の人には、本音を語る人が頼もしく見える。しかし、若者からすると、単なる口の悪い老人でしかない。厄介者であり、社会からは消えてほしい人格と映るだろう。
一方で、正義のヒーロのような綺麗事を恥ずかしげもなく語る人を見ると、老人は苦笑してしまう。軽々しい物言いだ、黙って行動で示せ、といいたくなるだろう。口の達者な人間は信頼できない。裏があるに決まっている。だが、若者には、この綺麗な言葉が響く。立派な発言ができることが美徳なのだ。
世代間でこのような価値観のギャップがある。だから、自分とは違う世代の認識を想像し、自身の印象を補正した方が良い。理解しろというのではない。納得できなくても、異なる文化だと思えば受け入れることができるだろう。
ただ、ネット上ではこの補正が難しい、という問題を最後に指摘しておきたい。つまり、SNSなどの匿名環境では、相手の年齢がわからないからだ。最近では勢いが衰えたかに見える2ちゃんねるなどでは、かつては本音が汚い言葉で語られていた。リアルではいえないことを誇張し露出させていた。若者の捌け口なのだろう、との解釈は的外れで、比較的上の世代が発信源だったはず。擁護するわけではないけれど、歪んでいるものの、彼らにとっては一種の誠意だったのだ。本音の掲示板が衰えたのは、若者がついていけなくなったこと、老年が文字どおり引退していったことによるものと考えられる。
今回書いたことは、年寄りはみんなこうだ、若者は例外なくこんなふうだ、という話ではない。割合が多い少ないという傾向の予想でしかない。僕自身が想像し、自分を理解させるために立てた仮説でしかない。みんなもこう考えなさいという意見では全然ない。単に、僕はこう考えて世間を理解しようとしています、というだけの話。
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森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。
〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。