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財務事務次官よりもはるかに正確に、国家財政や貨幣について理解できるようになる方法【中野剛志】

『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】

 

◾️なぜ日本は経済が成長しなくなったか?

 

 景気が良くなれば、民間部門は投資が増え(貯蓄が減り)、その裏返しで、政府債務は減ります。そして、民間投資が増えているから、経済も成長する。経済が正常に成長している時は、民間部門は投資超過(貯蓄不足)になっているものなのです。

 しかし、景気が過熱してバブル経済になり、民間部門が大幅な投資超過(貯蓄不足)になると、その裏返しで、財政黒字になります。そうなると困るので、今度は、緊縮財政によって、景気を冷まさなくてはなりません。

 このように、財政健全化が必要になるのは、民間部門が大幅な投資超過になりかけた時点です。つまり、バブル景気になりかけた時こそ、矢野氏の出番だということです。

 

 実は、自民党財政政策検討本部の「提言」は、このようなマクロ経済学的な認識に立って、プライマリー・バランス黒字化目標に「断固反対」しているのです。

 なぜなら、プライマリー・バランス黒字化目標は、日本経済が民間貯蓄超過であっても、財政支出を抑制すべきだという財政規律だからです。

 繰り返しになりますが、民間貯蓄超過の時に歳出抑制や増税をすると、経済は成長しなくなります。すると、「政府債務残高/GDP」は、かえって拡大することになる。

 実は、これこそが、平成の時代から今日までの日本経済の状態なのです。

 

 ですから、自民党財政政策検討本部の「提言」は、プライマリー・バランス黒字化目標には「断固反対」ですが、それに代わる財政規律として、

 「企業貯蓄率+対GDP比財政収支」=-5%

という指標を提案しています。

 要するに、企業貯蓄超過なら積極財政を目指し、企業投資超過が行き過ぎたら緊縮財政に転じるというルールです。

 しかし、これは「不景気なら積極財政、景気過熱なら緊縮財政」という、マクロ経済学的には、ごく初歩的・常識的なルールに過ぎません。

 

 矢野氏は「日本ほど財政規律に無頓着な先進国は存在しない」などと言っていますが、デフレ不況の中でプライマリー・バランス黒字化目標を掲げてきた先進国こそ、存在しません。それ以前に、戦後の先進国で、デフレになった国が日本以外にない。

 「日本ほど国民経済に無頓着に、財政規律に執着してきた先進国は存在しない」のです。

 

 なお、矢野氏は『WEDGE』の記事の中で、「日本政府には資産があるから大丈夫」という議論にせっせと反論していますが、自民党財政政策検討本部の「提言」は、日本政府の資産の話など、一切していません。問題にしているのは、民間部門の資産(貯蓄)であり、しかも、民間部門が「貯蓄超過だから大丈夫」と言っているのではなく、「貯蓄超過が問題だ」と言っているのです。

 要するに、自民党財政政策検討本部は、日本経済全体をマクロ経済理論的に見ており、そして何よりも、国民生活を基準に財政を考えています。

 これに対して、矢野氏の頭には、政府部門の収支の帳尻合わせのことしかありません。

 

 そんな矢野氏が、積極財政派の政治家を「バラマキ合戦に明け暮れる政治家」と見下し、そして、マスメディアは矢野氏を持ち上げています。

 多くの国民も、まさか、積極財政派の政治家の方が、財務事務次官よりもはるかに財政政策を理解しているとは、夢にも思っていないでしょう。

 これでは、せっかく、政治家が正しい議論をしていたとしても、世の中がよくなるわけがありません。

 

 しかし、我々有権者が、財政について正しく理解すれば、世の中はきっとよくなるはずです。

 

文:中野剛志

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中野 剛志

なかの たけし

1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)。  

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