朝ドラ『虎に翼』で注目された帝人事件。人格を持つ「金」について 波多野聖著『悪魔の封印 眠る株券』を読む【緒形圭子】
「視点が変わる読書」第13回 人格を持つ「金」 『悪魔の封印 眠る株券』波多野聖
◾️人間の思惑とは別に独自の動きを見せるのが「相場」
劣悪な独房生活で、河合の自信は消え失せ、身体は衰弱し、精神は異常をきたしていく。
帝人事件には検察が深く関わっていた。日本が政治的、経済的に混乱する中、本来法の下で国を支える役割の検察が自己主導での政治改革を目指し事件を主導したのだ。黒幕は当時枢密院副議長だった平沼騏一郎とも、また司法省における平沼閥とも言われているが、真相は未だに闇の中である。
小説では、財界人による政治への介入を恐れた平沼騏一郎が検察を動かし事件を画策したことになっている。主に動いたのは事件の主任検事となった黒川悦男で、彼はこの事件を利用して自分が検事総長になり、株で大儲けするという野望を抱いていた。
検察という権威をかさに逮捕者の人権を蹂躙し追い詰めていく黒川に対し、河合は必死の抵抗を見せる。ここは是非本で読んでいただきたいが、勝利寸前だった黒川が劣勢へと追い込まれ、敗北をきたしたのは河合の頑張りだけでなく、あるものが深く関わっていた。
相場だ。
相場は人間の思惑とは全く別に独自の動きを見せる。この小説を読んでいると、金というものが人格を持った生き物であるような気がしてくる。
著者の波多野聖は長らく国内外の金融業界に身を置き、ファンドマネージャーとして活躍していた。金というものを知り尽くしている彼だからこそ書けた小説といえる。
帝人事件では、鉄道相や大蔵省幹部らが逮捕され、斎藤実内閣は辞任に追い込まれたが、背任罪、贈賄罪で起訴され、200日以上拘束された、河合を含む16人は、昭和12年12月16日の裁判で全員無罪が言い渡された。
裁判長は「あたかも水中に月影を掬せんとする類」という比喩を用いて、検察側の主張を全面的に否定した。
今、投資や還付金などをかたる詐欺が多発し、多くの被害者を出している。人は簡単に金が手に入る話に弱い。しかし、金というのはそうたやすく手なずけられものではない。金のことを知ろうと努力する者の懐にしか入ってこない。そのことをこの小説は教えてくれる。
文:緒形圭子
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