「潔癖社会」純度上昇中【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第22回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

「潔癖社会」純度上昇中【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第22回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第22回

 

【「どうして取り締まれないのか?」という声】

 

 悪事というのは、一般的には法律で規制されている。つまり、やってはいけないことは、違法行為となる。ところが、それ未満というか、悪事とまではいえない行為として「迷惑」なものが存在する。このような迷惑行為も、かつては近所の人たちが、「困ったものね」などと噂して情報共有するだけだった。いわゆる「眉を顰める」だけの対象であり、少々のことは「目を瞑って」見過ごすのが一般的だっただろう。なにしろ、もっといけないこと、大きな悪事が幾つも存在するのに、そんな「裏社会」を見ないふりをして生活していたからだ。

 ところが、気がつくと「裏」はどんどん明るみに出て、立派な「違法」となった。取り締まれなかったものも、法律を変えて対処するようになった。もちろん、まだまだ悪い「裏」は存在するけれど、かつての状況と比較すれば、目立つものは激減したといっても良いレベルだ。世の中は、少しずつだが良い方向へ進んでいるように見える。

 僕が覚えている範囲でも、たとえば、飲酒運転が完全な犯罪になった。街中で歩きながら煙草を吸うことも駄目になった。乱暴な物言いや、言葉による暴力もアウトになった。

 河原で農業をしていたり、趣味的な遊びをしている人たちも糺弾され始めている。役場に菓子折りを持って挨拶にいけば見逃してもらえたが、以前から違法だったのは変わりない。お祭りでも出店は激減したし、伝統行事も安全管理や飲酒、あるいは動物虐待などにも厳しい目が向けられるようになった。

 僕は、これらはおおむね良い方向だと感じている。「昔は良かった」などとは全然思わない。なあなあの関係で許されていたものが続けられなくなったが、もし本当に必要なものならば、きちんと手続きをするなり、法改正するなり、議論をするべきだろう。

 身近なところでクローズアップされつつある「迷惑」というのは、グレィゾーンである。困ったもの、眉を顰めたくなるもの、恥ずかしい行為、マナー違反などが、やはり写真や動画でアップされネットで晒されるようになった。みんなで、「困ったものね」と共感したい、そうやって一体感を確かめたいだけなのかもしれない。

 そして、これらの「迷惑」の存在を許容できない人たちは、「どうして取り締まらないのか?」「いけないものは禁止し、罰則を決めるべきだ」と主張したいだろう。「遠慮してほしい」とか「やめてほしい」といった願望で処理する問題ではないとの意見である。

 もしかして、ネットで拡散し、TVでも取り上げられ、世論を煽っているのか。多数の「感情」を集めて規制の機運にしたい、ということだろうか?

次のページ大きな矛盾の存在を許容できる?

KEYWORDS:

 

森博嗣 極上エッセィ『静かに生きて考える   Thinking in Calm Life

✴︎絶賛発売中✴︎

 

 

森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。

 

 

 世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

オススメ記事

森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

歌の終わりは海 Song End Sea (講談社文庫 も 28-86)
歌の終わりは海 Song End Sea (講談社文庫 も 28-86)
  • 森 博嗣
  • 2024.07.12
静かに生きて考える
静かに生きて考える
  • 森博嗣
  • 2024.01.17
道なき未知 (ワニ文庫)
道なき未知 (ワニ文庫)
  • 博嗣, 森
  • 2019.04.22