あなたはどのように信じますか?【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第23回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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あなたはどのように信じますか?【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第23回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第23回


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第23回 あなたはどのように信じますか?

 

【「信じる」とはどういう意味か?】

 

 わりと気軽に用いられる動詞だが、少し考えてみると、意味は意外に幅広い。たとえば、「妻を信じます」という場合と、「幽霊を信じます」という場合では、同じ意味ではない。前者は、妻の行動や判断を信頼している、との意味だし、後者は、幽霊が存在するものと考えている、との意味だ。妻がいるかいないか疑っているわけでもなく、信頼できる幽霊の友達がいるわけでもない(はずである)。

 どちらの意味なのか難しいグレィゾーンもある。「神を信じますか?」と問われたときだ。これは「神を信頼しているか」なのか、あるいは「神がいると思うか」なのか、どちらだろう? もちろん、存在しないものを信頼することはできそうにない。だが、「私は神を信じない」と否定するときは、信頼していないといいたいのか、それとも神なんていないといいたいのか、どちらなのかわからない。なにしろ、信頼しないといいたい人は、少なくとも神がいることは信じているからである。

 神の話をすると、原発や消費税を話題にするくらい、なにやらややこしくなる。では、「自分を信じる」という、よく耳にするフレーズについてなら、いかがだろう。とりあえずこれは、自分の存在が論点ではない。自分を信頼しているかどうか、という意味合いに取るのが常識的だろう。ただ、解像度が幾分荒いようにも感じられる。

 他者を信じるという場合には、裏切るようなことはしない、嘘をいっているのではない、くらいの観測になるけれど、自分については、そもそも裏切ることも、嘘をいうこともできないはずだ。できるという人も、ときどきいるけれど、自分を裏切ったり、自分に嘘をつく、というのは、文学的な意味では成立するものの、通常の条件下では不可能ではないだろうか。それは、自分が考えていること、目論んでいることを隠せないからだ。そういう行為が普通にできる人がいるとすれば、多重人格者といえそうだし、しかもその自覚もないことになる。自覚がなかったら、ますます裏切りも嘘も観測できないだろう。

 そんな難しい行為だと思われるのに、「自分を信じろ」と他者から指摘されることがある。「いや、普通、信じているでしょう」と言い返したいところだが、具体的にどういう指摘なのか? おそらく「自信を持て」程度の意味だろう。だが、この「自信」も、ほとんど同様に不思議な言葉であり、考えてみるとまた意味がわからなくなる。

 「自信」というのは、何だ? 自分はできる、と思い込むことだろうか? 自己暗示みたいなものか? それを思い込むことにどんな価値があるのか?

 せいぜい、「くよくよと考えるな」程度の意味でしかない、とも想像もできる。どうでも良い言葉の一つであるけれど、こんないいかげんでチープな言葉で励まし合ったりする人たちが案外多いことに驚かされる。想像だが、自分を信じて宝くじを買っている人がきっといるだろう。いつまでもその自信が維持できる精神力たるや並大抵のものではない。

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 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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