「瘦せることがすべて」
そんな瘦せ姫と万引きとの
根深い関係を解く……
摂食障害になった女性たちとの30年余りの交流の軌跡が話題に!
ダイエットやストレスが高じて摂食障害になり、医学的に見て瘦せすぎている女性のことを「瘦せ姫」とも呼ぶ。
なぜそこまで「瘦せること」にこだわるのか?
彼女たちの生きづらさの正体とはなにか?
ときに彼女たちがとる行動にはそんな生きづらさの果てに苦闘する姿が垣間見える。
摂食障害になった女性たちとの30年余りの交流の軌跡を描いた近著『瘦せ姫 生きづらさの果てに』で話題の著者エフ=宝泉薫氏が、摂食障害の女性と万引きとの根深い関係を語る。
「できることなら、あのままずっと入院していたかったです」
摂食障害と万引きの問題についてはかなり前から専門家のあいだでは知られていて、95年に上梓した自著『ドキュメント摂食障害』(註1)でも取り上げています。そこでは、プロ化して「女スリ」となり、10回も逮捕された事例に触れつつも、実際にそういうレベルまで行くことはまれなこと、医師と警察、スーパーマーケットなどの連携により、できる範囲で寛大に見ていこうとする動きもあることを紹介しました。
印象に残っているのは、医師のこんな言葉です。
「患者さんの部屋で、見慣れない高価な物を見つけたお母さんから相談されたりもするんです。そんな時は、病気のことを手紙に書いて、匿名で返送されたら、と。もし、破損していたら、相応の差額を入れてね。患者さんではなく、病気が盗ませるんですから」
では「病気が盗ませる」とは具体的にどういうことかというと——。
もちろん、摂食障害における万引きには過食経費の問題があります。そこには「どうせ吐くのだから」とか「親のカネを使ってはもったいない」といった自己正当化も働いていたり。ただ、そこまで現実的かつ直接的な理由だけで、罪を犯せるものではありません。
空腹感や食べ物への執着心から、頭が真っ白なパニック状態になって思わず手を出していたり、非日常的なスリルを味わうことで無意識にストレスを解消しようとしていたり。また、親などの注意をひくことや、心配されることをひそかに期待しているケースもあります。
そして、その根っこにはどこか自暴自棄な気持ちが潜んでいるような気がします。
そういえば『ジャック・デロシュの日記―隠されたホロコースト』(ジャン・モラ)(註2)という小説に、ヒロインが万引きをする場面が出てきます。彼女は親族がかつて犯した罪を自分だけが知ってしまったことを機に拒食症になるのですが、万引きをしてもなお、腫れ物に触るような対応しかしてこない親に対し、こう言うのです。
「どうしてママは万引きの理由を尋ねないの? パパだってそうよ。パパも何も聞かなかった!」
彼女いわく、万引きをしたのは「つかまえてもらうためよ」。しかし、それだけでは彼女の知られざる苦悩は伝わらず、こんな思いにいたります。
「わたしはある決心をしたが、そのことでひどく不安になっていた。だからこそわたしは、スーパーで万引きをしたのかもしれない。ママがわたしに万引きの理由を尋ねたとき、ママが何も理解してくれなかったことが悔やまれる。〝わたしをつかまえてほしいからそうしたの〟これ以上のことを言うわけにはいかなかった。」
ある決心とは、親族の罪を告発することでした。が、万引きをしてつかまることで、警察にそれを話すことができるという理性的な計算が働いていたわけではありません。病気になっても気づいてもらえず、もうどうにでもなれという捨て鉢な気持ちのなかで、最後に残された打開策として無意識的に行なわれたという印象です。
実際、親からは期待した対応が得られませんでした。ただ、彼女の病的な細さと家庭の裕福さなどとのギャップに何かを感じ取ったスーパーの店長が関心を示したことで、展開は変わっていきます。
とまあ、このケースはちょっと特殊なのですが、瘦せ姫の万引きには大なり小なり、袋小路に陥った人がSOSをアピールしようとしていたり、過剰なストレスのなかで必死にバランスをとろうとしていたりという要素も作用しているのでしょう。
たとえば『彼女たちはなぜ万引きがやめられないのか?』には、さまざまな「なぜ」が語られています。そのなかでも、心に残ったのがこんな告白です。
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