注目してほしいけれど目立ちたくない【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第24回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

注目してほしいけれど目立ちたくない【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第24回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第24回


森羅万象をよく観察し、深く思考する。新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白くなる――。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。 ✴︎BEST TIMES連載(2022.4〜2023.9)森博嗣『静かに生きて考える』が書籍化(未公開原稿含む)。絶賛発売中!


 

 

第24回 注目してほしいけれど目立ちたくない

 

【「迷彩」の効果は相手の目による】

 

 長男が2年ぶりに訪ねてきたので、奥様(彼の母であり、あえて敬称)も一緒に3人で久しぶりに少し話をした。そのとき話題になったのが「迷彩」だった。奥様は、本物と見間違うような虚像を目の前に投影できる技術が既に実現している、と思い込んでいて、自分はライブでホロスコープを見た、とおっしゃった。だが、僕と長男が「ホロスコープではなくて、ホログラム」「たぶん、単なるプロジェクションだと思うよ」と説明をした。

 それから、「光学迷彩」に話が移った。これは漫画『攻殻機動隊』にも登場する未来技術だが、そういうものが現在のコンピュータの演算速度で可能だろうか、と僕は疑問を呈した。

 簡単にいえば、カメラで撮影したバックの映像をモニタに映せば、そのモニタは透明に見え、そこに物体が存在しないようにカモフラージュできる、というものだ。ちなみに、この「カモフラージュ」を日本語で「迷彩」という。

 視点が固定されている場合、平面モニタでなら誰でも簡単に実現できる。これを平面ではなく曲面にするのも、多少やっかいなものの技術的に難しくはない。視点が固定されているとは、そのモニタを見る人の位置が不変だという意味だ。

 しかし、視点が動くと、映し出される映像も変化しなければならない。近づけば大きくなるはずだし、横へ動けば見える範囲もずれてくる。しかも、複数の視点がある場合には、そのそれぞれに別の映像を見せる必要がある。見る位置に応じて異なる映像を演算し、それを連続して表示しなければならない。原理的には可能だと思われるけれど実現していない。つまり、実用可能な光学迷彩はまだ存在しないということになる。僕が演算速度的に無理なのではと話したら、長男は現在の技術で可能だといった。まあ、彼の方が現役なので、そのとおりなのだな、と認識を更新しよう。

 今回は、この「迷彩」について少し書こうと思う。迷彩服は流行したことがあるし、今でも迷彩柄のファッションをときどき見かける。ご存知の方も多いと思う。アーミィ、つまり兵隊が着る服がルーツである。戦車とか戦闘機も、迷彩塗装を施したものが多い。その目的は、周囲に溶け込んで、目立たなくすることにある。

 最近では、「ステルス」というレーダに映りにくい技術が開発されているが、「迷彩」というのは、あくまでも人の目を欺くためのもので、人の目以外で捉えられた場合には意味がない。映画『プレデター』に登場した宇宙人の目もそうだったが、赤外線カメラなどもそれに当たる。地球上の動物でも、人間とは違う目を持っているものが沢山いる。自分の目が「普通」で、見えるものが「自然」だと安易に思い込まない方が良い。

次のページ「迷彩」というカラーリング

KEYWORDS:

 

✴︎森博嗣 極上エッセィ好評既刊✴︎

静かに生きて考える   Thinking in Calm Life

✴︎絶賛発売中✴︎

 

 

森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。

 

 

 世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

オススメ記事

森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

歌の終わりは海 Song End Sea (講談社文庫 も 28-86)
歌の終わりは海 Song End Sea (講談社文庫 も 28-86)
  • 森 博嗣
  • 2024.07.12
静かに生きて考える
静かに生きて考える
  • 森博嗣
  • 2024.01.17
道なき未知 (ワニ文庫)
道なき未知 (ワニ文庫)
  • 博嗣, 森
  • 2019.04.22