『エジプトの国家エージェント 小池百合子』を『カイロ大学』の続編として読むことで、浅川劇場を堪能する【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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『エジプトの国家エージェント 小池百合子』を『カイロ大学』の続編として読むことで、浅川劇場を堪能する【中田考】

モルシ派529人に死刑判決。 カイロ大学前で支持者が抗議デモ(2014年3月26日)

 

 「カイロといえば混沌なのです。ルールなどありません。すべてはカイロ流交渉術で物事がきまる世界です」。この言葉が、同書が延々と論証する小池百合子の入学、卒業詐称問題がすべて砂上の楼閣、いや蜃気楼であることを示す「隠しフューチャー(Easter Egg)」なのです。カイロ大学は、博士号を授与できる博士号を持ったエジプト人教員がいなかったため、博士号を有する欧米から招聘したお抱え外人によって作られました。エジプト政府自体も、1848年から1952年のイギリスによる実質的な植民地支配下で作られたものでした。ですから『エジプトの国家エージェント 小池百合子』が詳述したように、確かにエジプトには西欧風の立派な法律はあることはあります。しかし結局は、それらの法令の法文は全て空言であり、全てはカイロ流の交渉術で決まるのです。それを違法だ、適法だ、と騒ぎ立てることに意味はありません。

 浅川氏が「日本人には入学試験は課されません。交渉術によって、誰でも入学が可能です。入学できた時点で、カイロ流交渉術をマスターできている証です」と言う通り、小池氏の入学詐称問題も、どんな手を使おうと、入学できた時点で、その事実自体が「カイロ流交渉術をマスターできている証」であり、それ以上に詮索するのは無意味です。卒業も同じで、卒業している、とカイロ大に言わせることができれば、それが卒業なのです。(注2)

 但し、カイロではルールがあっても、交渉次第でなんとでもなるのですが、逆にルールがあったからといって、ルール通りに話が進まないこともいくらでもあります。発行されるべき書類が予定通りに出ないことなど日常茶飯事です。私自身、卒業証明書はもらいましたが、学位記は何度事務室に取りに行っても「ボクラ」(注3)と言われて追い返され、結局30年以上経ちますが、いまだに手にしていません。

エジプトの国家エージェント  小池百合子』で挙げられている、日付や名称の矛盾は、すべてこのエジプト人、そしてすっかりエジプト人化していた当時の小池さんの杜撰さ、勘違いなどの所産、「エジプトならそういうこと、よくあるよね」で説明がつく話です。 

 

中田考氏のカイロ大学卒業証明書(現物)
中田考氏の東京大学卒業証明書

 

 


(注2) 入学手続きについて、浅川氏は「カイロ大学に入学する正規のルートは存在しません、ではどうやって入るのか。一番シンプルな方法は『入れてくれ』と直談判することです。冗談ではありません」と述べた上で、「著者や小池百合子氏はこの方法でカイロ大学へ入学しました」と明言しています。詳細については『カイロ大学』44‐49頁参照。
 実は私自身、カイロ大学の入学の手続きの杜撰さは身をもって体験しました。実は写真の通り、私の博士号の学位はHassan Ko Nakataの名前で授与されています。しかしHassan Ko Nakataなどという人間は法的には実在しないのです。実際、私がカイロ大学に提出した書類の一つである日本の外務省の認証班の公印が押された東大文学部の成績証明書の名前はKoh Nakataです。KohKoが違っているのは問題ではありません。Hassanです。当時、私はカイロでムスリムとして生活していましたので、先生や学生仲間たちからも「ハサン」と呼ばれていたので、うっかりいつものようにHassan Ko Nakataで入学申請したものです。ところが、エジプト人の命名システムでは「某・某の父・某の祖父」です。つまり、この人物は「中田考の息子のハサン」であり、「中田考」の息子であり、「中田考」とは別人、そして私にはハサンという名前の子供はいないので、法的にはどこにも存在しない人物ということになります。それが大学側は、入学申請書類どうしを照合して確認もせずに私の自己申告の自称の通りに、法的に実在しない人間の入学を認めてしまったのです。

 しかしそれが博士号授与の時に、この「ハサン中田考」というのは誰だ、お前のパスポートの名前(Koh Nakata)と違うじゃないか、と問題になり、苦労することになったのですが、それは後日談になります。


(注3) 「ボクラ」とは意味論的には「明日」ですが、語用論的には「今日は絶対にやらない。顔を洗って出直して来い!」という意味になります。

次のページ浅川氏はトランプ勝利を予言していた世界でも数少ないジャーナリストの一人

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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