「なぜ死に魅入られてしまったのか?」
プリンセスたちと摂食障害の深い関係。
摂食障害になった女性たちとの30年余りの交流の軌跡が話題の書に!
話はかなり古くなりますが、鎌倉幕府の創始者・源頼朝に大姫という娘がいました。北条政子との最初の子です。
彼女は父の政略により、幼くして源義仲の長男・義高のいいなずけになったものの、やがて破談。頼朝が義仲を滅ぼし、義高も殺したからです。彼女はそのとき、5、6歳でしたが、激しいショックを受け、水さえも受けつけなくなりました。
その後、絶食状態からは回復したものの、鬱(うつ)や不眠が慢性的に続き、病弱なまま成長。それでいて、貴族との縁談を勧められると自殺をほのめかして拒絶するような、母譲りの気丈さも示します。そして、後鳥羽天皇の后となる話が進行するなか、それを否とするかのように二十歳前に病死してしまうのです。
彼女が今でいう拒食症だったかどうかは、わかりません。ただ、それに似た病であっても不思議ではないでしょう。というのも、彼女が生きた時代の約200年前に書かれた『源氏物語』に、ストレスで瘦せ、さらには命まで落とすような女性が何人も登場するからです。