どうなれば成功なのか?【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第26回
森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第26回
【成功とは「またできる」こと】
それでも若い頃には、「無事」が成功だとまでは考えていなかった。成功というものは、もっとチャレンジの結果ゲットできるものであり、過去にない成果を得ることだというイメージがあったからだ。しかし、歳を重ねることで、そうではないな、と確信しつつある。
たとえば、工作の第一目的は何か、というと、それは「怪我をしないこと」だ。工作が終わったときに無事であれば、その工作は「成功」なのである。どこかへドライブに出かけていったときも、無傷で帰ってこられ、自動車も故障していなければ、そのドライブは成功だ。毎日の生活でも、夜の決まった時刻にベッドに就ければ、その一日は成功なのだ。
では、その「無事」にはどんな意味があるのか、どんな価値があるのか?
現状維持では意味がない、と考える人もいらっしゃるだろう。若い頃の僕はそう感じていて、なにかを変えなければ意味がない、成長しなければ価値がない、という観念に取り憑かれていた。だが、それは自分を競争へ駆り立てるような焦りにほかならない。考えてみたら、制限時間が決まっているわけでもなく、またゴールがどこかにあるわけでもない。人生というのは、永遠ではないけれど、いつが終わりなのかわからない。そして、最後には、無に帰すものである。
それでも、「無事」でありさえすれば、またチャレンジができる。つまり、この「またできる」という感覚こそが「成功」の証なのではないか、と思うようになった。いろいろ失敗があったり、反省が多々あったりしても、「またできる」状態ならば、それは「成功のうち」であり、「成功の一部」だと考えることができる。
そんなことはない、一度きりのチャンスというものが訪れる場面があって、それを逃したらもう成功は望めない、といった反論がありそうだが、そういった一度きりのチャンスというのは、まちがいなく他者が設定したものだろう。僕が考える成功は、自分一人の評価に基づいているので、一度きりのチャンスなんてものは存在しない。いつだってチャンスはあるし、もっと大きなチャンスだって、いずれ訪れる。だからこそ、焦らず、ゆっくりと、自分の無事に注意を払いつつ進めば良い。
「無事」を重ねることが、人生の成功である。少し気をつけていれば、誰でもできる。ときどき予期せぬ不運が襲ってきても、また少しずつ無事を重ねて挽回していけば良い。勝たなくても良い。負けても良い。またの機会を待てることこそが、成功の価値なのである。
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〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。