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松本さんは「何者でもなかった自分」に戻れるか。そう、たけしさんのように。【茂木健一郎】

『ありがとう、松ちゃん』より

■「大日本人」の失敗でこじらせてしまった

 話を松本さんに戻すと、彼にとって転機になったのは何と言っても映画「大日本人」の失敗だったと思うんです。

▲ターニングポイントとなったと指摘する「大日本人」

「大日本人」って別に悪い作品じゃないですよ。松本人志節が炸裂した、シュールな笑いに溢れた意欲作でした。でも、「わかる人にしかわからない」創作になっていたのかもしれません。残念ながら日本でも海外でも受け入れられることはなく黙殺、爆死と言える結果でした。この結果が松本さんにとって相当こたえたのではないでしょうか。

 本心を言えば、あの頃の松本さんはたけしさんのような存在になりたかったんじゃないかな。

 たけしさんだって、言葉を選ばずに言うと「映画を観ていない人」なんですよ。「オイラさ、小津(安二郎)も黒澤(明)も観ないまま映画つくっちゃってたんだ」って、以前僕に話してくれたことがあって。でも、だからこそ既成概念に囚われない斬新な映像が撮ることができて、それが世界でも評価された。まあ天才ですよね。映画を、ひとつの「絵」として切り取るところも新しかったというか。

 一方で松本さんは、あの頃はまだ「お笑い」の枠から脱し切れていなかったのかもしれません。それ以降、「日本のお笑い界のドン」みたいなポジションに閉じこもるようになったように見えました。

 松本さんが内向きになった一方で、お笑い界にはゴマすりばかりする後輩芸人がわんさか集まってきた。これも良くなかった。松本さんの言うことを鵜呑みにして、時には周りから批判の声が出ても猛烈に擁護してみせる。そんなイエスマンばかりに囲まれていて、腑抜けてしまったところもあるんじゃないかな。某ジュニアさんなんか、松本さんに批判的なことを少しでも言おうものなら、すかさず釘を刺してきますからね(笑)。僕もやられたし、ウーマン(ラッシュアワー)村本くんもやられてたなあ。あれはどうかと思います。とにかく彼らの存在も、松本さんがダウンタウン全盛期のトガった感じを失ってしまった要因なんじゃないかな。

■松本人志の芸人としてのポテンシャル■

 ……と、ここまで色々と批判めいたことを言ってきましたが、だからといって松本さんの才能を否定しているわけでは全然ないんです。むしろ、芸人としての彼の持つポテンシャルはまだまだ計り知れないものがあると思っているからこそ、今の状況が「もったいないな」と思うんですよ。

 今こそ松本さんには、日本のテレビから離れることをおすすめしたい。正直、令和の時代になって、日本のテレビにはもう全然価値を感じません。今の若者、Netflixの「シティハンター」には食いついても、地上波のバラエティ番組なんて観ていませんよ。

 松本さんがこの騒動の最中にXに「お笑いがやりたい」と投稿していて、それを見て僕は「甘えるな!」ってコメントしちゃったんですけど。あれはつまり、松本さんがまだテレビの中に留まって、自分のお笑いをやりたがっているように見えたからなんです。でも、そんな殻は思い切って捨てちゃった方が、次のステージに行きやすくなると思うんですよ。やっぱり新しいことを生み出すためには、今あるものを捨てる勇気が必要で。だから松本さんには、テレビへの未練を断ち切ってほしいんです。

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茂木 健一郎

もぎ けんいちろう

脳科学者

1962年東京都生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学理学部、法学部を卒業後、同大学院理学系研究科物理学専攻課程を修了。博士(理学)。「クオリア(意識における主観的な質感)」をキーワードとして、脳と心の関係を探求し続けている。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞受賞、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞受賞。

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