松本さんは「何者でもなかった自分」に戻れるか。そう、たけしさんのように。【茂木健一郎】
『ありがとう、松ちゃん』より
■日本のテレビは「良識の牢獄」
日本のテレビなんてもう「良識の牢獄」になり下がっちゃって、昭和の頃のようなぶっ飛んだ企画なんてできなくなってる。例えば僕が子供の頃は、ゴールデンタイムに突然「野球拳」が始まったりしてましたからね。萩本欽一と坂上二郎のコンビがMCの番組で、女性タレントが脱いでいくと期待させて、最後は男性芸能人が脱いでいくんですが(笑)。いずれにせよ今考えると完全にアウトです。ビートたけしだって、「寝る前に締めよ、ガスの元栓と親の首」とか「赤信号、みんなで渡れば怖くない」なんていう猛毒ギャグをカマしたり。あとは、「8時だよ全員集合」という番組で加藤茶がいきなり「ちょっとだけよ~」と言い出してストリップを始めたのを覚えてます。そんな時代がありましたよね。
でも今は、お笑い芸人がみんな「優等生」になりすぎている。特に松本さんなんて、ワイドショーのMCになってから「良識の番人」「権威側の人間」のようになってしまっているでしょ? 本人にその気がなくても、そう見られてしまっていること自体がもったいない。芸人たるもの、「常識と非常識の狭間」その危うい世界線にいるべきなんですよ。昔、ダウンタウンが初めてテレビに殴り込みをかけた頃を思い出してほしい。あの反骨精神。30代にして本気で『遺書』を書いていた、あの狂気。今の彼からは、ちょっと感じられないんですよね。
別に年齢は関係ないと言うか。こないだ僕、ボブ・ディランのライブを観てきたんです。めちゃくちゃかっこよかったですね。82歳にもなってあれだけ混みいった大阪のフェスティバルホールで、ぶっ通しで30分以上に渡る大作を歌いまくるパフォーマンスには圧倒されましたから。曲が終わった後もしばらくステージに佇んで、最後は何も言わずに去っていく。もうトガりまくり。ボブ・ディランといえばノーベル文学賞も受賞してるけど、あの授賞式すら完璧にスルーしてましたしね。松本さん、ボブ・ディランのようになれると思うなあ。
■何者でもなかった自分に戻れるか
そしてやっぱり、松本さんの今後の身の振り方を考える上で参考になるのは、たけしさんの生き方だと思うんです。
たけしさんも「フライデー襲撃事件」という、完全なる傷害事件、刑事事件を起こしてしまったことがある。そこから間を開けて今度は、不倫相手である細川ふみえさんに会いに行く途中でバイク事故を起こし、重体になってしまうんです。あの時誰しも「たけし、終わったな」と思った。でもそこから本当のビートたけしの伝説が始まったような気がするんですよね。
なぜ、たけしは這い上がれたのか?その答えは「何者でもない自分」に戻れる強さがあったからだと思います。
東大に行った兄に比べて劣等感を抱えながらも、教育ママのもと、なんとか明治大学に入学した青年・北野武。でもある日、彼はその生き方に疑問を感じて大学を中退してしまう。お母さんには怒られながらも、その日の心境は「空が青かった」と表現するぐらい晴れ晴れとしていたそうです。大卒の学歴がどうだとか、そういった肩書への執着がまるでないですよね。
「世界のキタノ」と呼ばれるようになった今でも、海外映画祭で賞をもらってコマネチをやっちゃう。そういうスタンスを崩さないところが、彼の真骨頂だと思うんです。
松本さんにも、そういう「原点回帰」が必要なんじゃないか。彼だって、尼崎という下町で育った「何者でもない少年」だったはずです。「夏になると近所のおばさんが暑いからって上半身裸で歩いてた」なんて話を聞くと、松本少年も別に特別な存在じゃなかったんだな、と。
何も失うものはない。これまでの「松本人志」の看板にとらわれなくてもいい。そう考えるとこれから何でもできるんじゃないでしょうか。持ち味であるシュールさを今一度突き詰めてみるとか。あるいは「大日本人」の反省をいかしてもう一度映画を撮ってみてもいいと思いますし。
松本さんには早く戻ってきてほしいと思っていますが、とにかく輝く場所はテレビじゃなくていいんですよ。
〈『ありがとう、松ちゃん』より構成〉