適度な自己中のすすめ【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第27回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

適度な自己中のすすめ【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第27回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第27回


森羅万象をよく観察し、深く思考する。新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白くなる――。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。  ✴︎連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」がついに単行本化され発売に! 総頁数:344頁。未公開の書き下ろし原稿(第36〜40回)も収録。視点が変わると、人生も変わる!あなたにとって大切な一冊になるとお約束します!


 

 

第27回 適度な自己中のすすめ

 

【なさけは人のためならず?】

 

 僕が子供のときには、この言葉をよく聞かされた。今の人には、「なさけ」が通じないかもしれない。漢字で「情け」と書くが、これは、思いやり、心配、同情、慈愛、情愛、憐れみ、風情など、人間の感情を幅広く示す言葉である。たとえば、「なさけをかける」といえば、他者への思いやりを言葉や行動で示すこと。また、「なさけない」とは、無情、無愛想、無骨、あさましい、といった意味になる。

 他者に対して親切に接し、援助をしなさい、というとき、「なさけは人のためならず」といわれる。これを、逆の意味に取って、「甘やかしたら、その人のためにならない」と間違った解釈をしている人が多い。そうではなく、「親切にすれば、回り回って自分が得をする」というのが真意であり、ようするに、人に親切にすることが自分のためになる、という、いかにも「道徳的」な教えといえる。

 よく「自分勝手」「自己中」というのは、自分の利益だけを考え、周囲に迷惑をかける人間を非難する言葉として用いられるけれど、周囲と同調、協調して信頼を得ることも、間接的にであれ自分自身の利益となるわけだから、自分勝手や自己中と同じく、「周囲との協調」も自己利益のためであることには変わりない。

 自己利益の追求は、人間はもちろん、すべての生物の本能的な欲求だろう。生きているものは例外なく、「自分ファースト」なのだ。ただ、自己利益追求の戦略が、思考力によって異なる。短絡的で刹那的だと、自分勝手で他者の迷惑を考えない手法となる。一方、理性的で計画的になると、周囲との協調を重んじる道徳的な手法を選択し、結果的により大きな自己利益を得る。考えなしで目前の利益を取ると犯罪者になり、少し考え状況を鑑みれば聖人、君子となる。当然ながら、得られる利益にも格差が生じる。他者へのなさけは自分のためだ、という教訓の趣旨はここにある。

 ただ、その道理がわかっていても、道徳的な行為で利益を得る手法に対して、良い子振っているのが鼻持ちならない、白々しい演技であって、そんなものは偽善だ、といった批判的な感情を持つ場合もあるだろう。優等生は嫌いだ、自分に正直でいたい、と考える。これも、一理ある。たしかにそのとおりだ、と僕も思う。

 さて、皆さんはどう考えるのだろうか? 多くの場合、周囲に迷惑をかける厄介者には、「そんな生き方は損だよ」と説得するけれど、彼らには、自己利益のために善人振ることが汚く見えている。損だわかっていても自由に生きたいという考えに、あなたはどう反論できるだろうか?

次のページ自己中か協調か、それが問題だ

KEYWORDS:

✴︎森博嗣 最新珠玉のエッセィ✴︎

日常のフローチャート Daily Flowchart

✴︎絶賛発売中✴︎

 

[caption id="attachment_3661533" align="aligncenter" width="525"] ※カバー画像をクリックするとAmazonにジャンプします[/caption]

 

連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」がついに単行本化され発売に! 総頁数:344頁。未公開の書き下ろし原稿(第36〜40回)も収録。視点が変わると、人生も変わる!あなたにとって大切な一冊になるとお約束します!

 

「無事」を重ねることが、人生の成功である。少し気をつけていれば、誰でもできる。ときどき予期せぬ不運が襲ってきても、また少しずつ無事を重ねて挽回していけば良い。勝たなくても良い。負けても良い。またの機会を待てることこそが、成功の価値なのである。(第35回「充実した人生に唯一必要なもの」より抜粋)

 

◉人生はプログラミング◉水を差しにくい社会◉話し上手と書き上手

◉老人になっても社会人である◉余計なものを持つことの価値

◉気持ちという質量◉「潔癖社会」純度上昇中◉ジェネラリストは存在しない?

◉どうなれば成功なのか?◉適度な自己中のすすめ◉アイデアを思いつける人

◉思いつきの手法◉新しい価値は無駄から生まれる◉頭は知識で肥満になる

◉楽しければそれで良いのか?◉効率か快適か、それが問題だ

◉自己利益が最重要な方針◉作るために必要なこと

◉一人でいることは、自由の象徴◉充実した人生に唯一必要なもの

◉AIが活躍する未来って?◉的確な質問をする能力

◉ネットのモラルはこれから◉フィクションを楽しむ条件

◉いつ死んでも良い生き方とは etc.

オススメ記事

森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

静かに生きて考える
静かに生きて考える
  • 森博嗣
  • 2024.01.17
歌の終わりは海 Song End Sea (講談社文庫 も 28-86)
歌の終わりは海 Song End Sea (講談社文庫 も 28-86)
  • 森 博嗣
  • 2024.07.12
道なき未知 (ワニ文庫)
道なき未知 (ワニ文庫)
  • 博嗣, 森
  • 2019.04.22