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新庄耕著『地面師たち』 不動産詐欺から見えてくる日本の会社と社員のリアル【緒形圭子】

「視点が変わる読書」第14回 『地面師たち』新庄耕 著

 

◾️登場人物の中で最も異彩を放っている地面師リーダー

 

 登場人物の中で最も異彩を放っているのが地面師リーダー、ハリソン山中である。

 高校卒業後に暴力団に入ったハリソンは三十歳の時に破門された後、地上げのノウハウをいかして、土地がらみの詐欺を仕掛ける地面師となった。バブル崩壊後に東京の雑居ビルをめぐる詐欺事件の主犯格として逮捕、収監されたが、出所後は再び地面師として数々の詐欺行為を働き、巧妙に司直の手を逃れ続けている。

 ハリソンは満足というものを知らない。これだけ儲けたのだから、もう十分とは思わず、次なる興奮、エクスタシーを求め、犯行を繰り返し、地面師仲間に向かってこう嘯く。

 「……小さなヤマより大きなヤマ、たやすいヤマよりは困難なヤマ。誰もが匙を投げるような、見上げればかすむほどの難攻不落のヤマを落としてこそ、どんな快楽もおよばないスリルと充足が得られるはずです」

 その仲間も不要となれば、ためらうことなく殺す。殺すところをスマホで記録し、高級ウィスキーを飲みながら鑑賞するのだ。

 小説は地面師の泥臭い詐欺のやり口や、地面師それぞれが抱える問題、葛藤を詳細に描いていて、そこはもちろん読み応えがあるのだが、騙される石洋ハウス側のストーリーもまた面白い。

 高輪の土地購入の中心となったのは開発本部長の青柳隆史。彼の進めていた土地購入がうまくいかず、大型プロジェクトが頓挫しかけていた。そのプロジェクトは石洋の社長の座がかかっており、もし失敗すれば、取締役止まりになってしまう。社内のライバルである商業事業部長の須永に負けたくないという思いもあり、功を焦った青柳はまんまと地面師の罠にはまってしまう。

 新庄耕はデビュー作『狭小邸宅』で、不動産会社に入社し、営業部に配属された新人社員がノルマとプレッシャー、上司からの暴力に苦しみながら成長していく姿を描き、「仕事とは何か」という根源的な問いかけをした。

 主人公の松尾は「自分にはこの仕事は合わない」、「今日こそ辞めよう」と毎日思いながらも仕事を続け、一軒の家を売ったことで自信がつき、営業成績を伸ばしていく。身なりが変わり、言動が変わり、世の中を見る目が変わり、営業マンとして順調であるように見えながら、実は身も心もぼろぼろになっていく。家を売れば売るほど高まる興奮と緊張、会社での評価、そうしたものに自分自身が取り込まれてしまったのだ。

次のページ仕事を続ければ続けるほど会社の価値観から抜けられない地獄

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緒形圭子

おがた けいこ

文筆家

1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。

『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。

紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。

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