あの名作童話は大戦下の構図を表していた!?
大人のための『星の王子さま』
『星の王子さま』に見る第二次世界大戦のモチーフ
サン= テグジュペリが『星の王子さま』を書いたのは、第二次世界大戦中で、母国フランスが劣勢になっているときだった。そのことから、この本には戦争へのメッセージが盛りこまれ、フランスでも「人類のために犠牲になった者たちへの鎮魂や、人を信頼する心を託した本」というような見方がある。時代的に戦争の影はつねにあったし、サン= テグジュペリの愛国心は相当だったからである。
そんな視点に立って、一つひとつの出来事を徹底的に第二次世界大戦にからめて深読みしているのが、フランス文学者、塚崎幹夫著の『星の王子さまの世界』(中央公論新社刊)である。
著者によると、最初に登場するゾウを飲みこんだウワバミの絵は、当時の弱肉強食思想の象徴で、強を代表するウワバミはドイツの軍事行動、弱であるゾウは、侵略された側の中国や、チェコ、ポーランドに違いないと言いきっている。根拠として軍事行動がほぼ六カ月ごとに起きている年表を挙げ、ウワバミが腹のなかでゾウをこなすのにかかる年月と一致していることまで調べている。
また、悪者として登場する巨大な三本のバオバブは、「ナチズム」「ファシズム」「日本の帝国主義」を表し、飛行士がヒツジをつないでおく網や棒ぐいをあげると約束したとき、王子さまがショックを受けて「つないでおく? へんなこと、考えるじゃないか!」と答えたのを、強制収容所に対する抗議と読むこともできるという。
フランスでも、前述したように第二次世界大戦と結びつけて、三本のバオバブを当時の日独伊三国同盟ととらえる見方はかなり一般的。というのも、ここでも内藤氏の意訳で日本人にはわかりにくいのだが、バオバブの絵だけが立派になった理由、「なにしろ、バオバブをかいた時は、ぐずぐずしてはいられないと、一生けんめいになっていたものですから」の原文は「Quand j'ai dessiné les baobabs j'ai été animé par le sentiment de l'urgence」で「バオバブを描いたときは、緊急性にかられていたからです」となる。緊急性という強い言葉から、戦禍に苦しむ母国フランスへの切迫した思いは深読みすることもできるのかもしれない。
さらに著者は、バラの花の四つのトゲの四という数字の意味に執拗にこだわり、膨大な資料を探って得た結果、フランスのレジスタンス運動の四つの拒否の精神、「不名誉の拒否」「対独協力の拒否」「ヴィシー体制の供与する一時的な安逸の拒否」「祖国フランスを飲み去ろうとしている不幸の前に絶滅することの拒否」を意味するのではないだろうか、という提案がされている。
ここまで戦争と結びつけて推理されると、小気味がいいほどだが、戦争を知らない世代にとっては、かなり違和感を覚えるのも事実である。この論法でいくと、当然のことながら、王子さまは子どもの世界を象徴しているという、一般的な定説とも真っ向から対立するのだが……。
いずれにしろ、著者は自説に自信満々。というのも、物語としての『星の王子さま』を心から愛し、その奥に隠された深い意味を、時間をかけて、熱心に探求しているからである。読者としては、その説に賛成か反対かは別にして、ウワバミやバオバブにこんな解釈があるよと、話題のタネにはできそうだ。こんなふうに軽く受け止めると、真面目にこの問題に取りくんだ著者から大目玉をくらいそうだけれど。