福田和也という人物と仕事をした5年間の記憶【適菜収】
【隔週連載】だから何度も言ったのに 第72回
■トンカツと国家権力
福田は基本的には温厚な人間である。あるとき、変なトンカツ屋の店主が絡んできたので、私が戦闘態勢をとると、「まあまあ」みたいな感じで止められた。しかし一度だけ怒ったことがあった。当時、内田樹が「贈与論」について書いた記事が話題になっていて、他にもいくつかネット記事が出てきた。それでトンカツ対談の際、私が「贈与論みたいなものが流行っているんですか」と話題を振ると、珍しく「そんなもの流行っていないよ!」と大きな声を出した。一般社会とは関係のない狭い世界の話を「流行」という言葉に関連付けたことが気に入らなかったんだろうなと、当時の私は思った。真相はわからないが。
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「揚げたてご免!!」で私が見出しに使った「快楽の思い出はナチだろうとスターリンだろうと誰も奪えない」という福田の言葉がある。いい言葉だなと思った。やりたい放題やって思い出を溜め込んで生きてきたのだから、死んでも悔いはないのかもしれない。まあ、死んだら思い出もゼロだけど。
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この話の流れで言うと、昔、石丸さんと目白にあんみつを食べに行ったことがある。歩いていると、警察官5人くらいとすれ違った。そのとき石丸さんが「官憲でも心の中にまで踏み込むことはできないからなあ」とボソっと言った。
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さらにこの話の流れで言うと、澤口さんが六本木を歩いていて職務質問され、鞄から包丁が出てきて大騒ぎになったらしい。コックだと言っても信じてもらえなかったと。澤口さん、見た目はチンピラかヤクザ。その警察官の気持ちもわかる。
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「ラ・ゴーラ」の後、澤口さんは近くに「リストランテ アモーレ」という店を出した。アモーレの料理は強烈だった。だから他のイタリアンに行っても、物足りなく感じる。「アモーレ」でやっていた福田の仲間内だけの忘年会に、私は呼ばれてもいないのに間違えて行ってしまったこともあった。ネットで調べたら、アモーレがあったのは2004~2012年とのこと。光陰矢の如し。人生、あっという間ですね。
文:適菜収
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文藝評論家・福田和也の名エッセイ・批評を初選集
◆第一部「なぜ本を読むのか」
◆第二部「批評とは何か」
◆第三部「乱世を生きる」
総頁832頁の【完全保存版】
◎中瀬ゆかり氏 (新潮社出版部部長)
「刃物のような批評眼、圧死するほどの知の埋蔵量。
彼の登場は文壇的“事件"であり、圧倒的“天才"かつ“天災"であった。
これほどの『知の怪物』に伴走できたことは編集者人生の誉れである。」