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つるみたくない秋【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第29回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第29回

 

【仲間を作らないようにしている】

 

 人から褒められることに価値を感じない人間なので、どうしても人をあまり褒めない傾向がある。だが、多くの人たちは褒められて嬉しさを感じるようなので、僕としては、必要以上に意図して人を褒めるようにしてきた。たとえば、大学で学生を指導するときには、このような態度を取る必要があった。反対に、人を叱ることもほとんどなかった。どうしてかというと、叱ることの価値を感じない人間なので、人を叱りつけてどんな良い効果があるのか理解できなかったからだ。

 だから、褒めたり叱ったりするというよりは、結果について客観的に指摘し、こうしたらもっと良いように思う、という自分の予想を伝えるに留めていた。人によっては、褒められた、叱られた、と解釈するかもしれない。だいたい多くの人は、指摘した内容よりも、褒められたか叱られたかを決めつけて、喜んだり落ち込んだりするみたいだ。

 僕がグループの一員として長く立場を維持できないのは、ようするに、褒められたり叱られたりする意味がわからないからだろう、と理解している。人と親しくならないのも、親しくなると、感情的な意思疎通が増えてくるからである。客観的な指摘ならば、親しくならなくても、どこからともなく指摘され、情報量的な不足を感じない。

 いわゆる「仲間意識」というものが僕には欠如している、と理解してはいるけれど、仲間意識の価値がわからないから、どうしても自分に取り込むことができなかった。今でも、ほぼそのままである。そして、やっぱり必要なかったな、というのが正直な感想だ。

 たしかに、親しさとか仲間意識というのは、価値を感じる人には必要なものかもしれない。ただ、傍観していると、それらに起因した争いや揉め事が頻繁に起こっている。親しいからこそ、仲間を作ったからこそ、愛憎の歪みが生じて、トラブルが発生するようだ。つまり、親しくなることや、グループに所属することは、それなりのリスクがある。幸い、僕には無縁のものだったけれど、そういったものを大事にしたい人は、どうかお気をつけ下さい。

 「友達は財産だ」なんていうけれど、財産なんてものがあるから揉め事が起こるのである。

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 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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