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つるみたくない秋【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第29回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第29回

 

【久しぶりの空冷フラット6】

 

 何年ぶりかで東京へ降り立った。そして、これまた何年かぶりにポルシェを運転した。このクルマは、25年以上まえに新車で購入し、10年ほど乗ったあと、友人にただで譲ったものだ。いつでも貸してもらえるというのが条件だったので、その最初の権利行使となる。お金をかけてずっと良い状態で整備されていて、申し分なかった。それで、神奈川から山梨の辺りを往復200kmほどドライブしてきた。

 都会は道路も狭く、渋滞していた。こんなに暑いところに、こんなに大勢が住んでいるのか、こんなに沢山のクルマがのろのろと走っているのか、という驚きと、ひしめき合った建物とクルマでますます暑くなるよな、と改めて納得した。

 都会に集まりすぎているのは歴然としている。群れたい人、つるみたい人が多いのか、と呆れてしまう。狭い場所を取り合うように、ぎゅうぎゅうと押し合っているのに、誰も変だと思わないなんて不思議だ。

 最近の商売は、とにかく「煽り」に重点が置かれている。そして、煽られた人たちが行列を作り、高い料金を支払っている。集まりたいという本能を刺激し、映える商品をつぎつぎ繰り出し、大勢がスマホを手にしたまま押し寄せてくる。

 郊外に出れば、ようやくエンジン音が良い響きになった。日本にもまだ自然が沢山残っている。誰からも煽られない静かな生き方もまた、まだ残っているはず、と思いたい。

 

庭園内の木造橋を渡る小編成。この機関車は33号機で、後続の車両も含めすべてベニヤとボール紙で自作した。この季節、樹の葉が散り始め、森林は少しずつ明るくなる。自然は常に変化するから、毎日自分の庭で行楽できる。

 

文:森博嗣

 

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森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。

 

 

 世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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