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哲学者が概念を生成する瞬間に立ち会う

『ジル・ドゥルーズの「アベセデール」』を観る

ドゥルーズの思考過程につきあう

 哲学は難解で何を言っているのかわからないものと感じてきた人も多いことだろう。文章を追っても内容が頭に入って来なかったり、行きつ戻りつしながらなんとか読破しても、最後まで著者が何を言わんとしているのかさえ上手くつかめなかったり……。私自身、何度もそういった経験をしたことがある。
 しかし、ジル・ドゥルーズのDVD『アベセデール』の映像からは、「何を言わんとしているのかさえわからない」という感覚を持つことはない。そこには、まさに何かを言わんとしているドゥルーズ本人の姿だけが、453分という長時間にわたって映し出されているからだ。
 インタビューはA「Animal(動物)」からZ「Zigzag(ジグザグ)」までアルファベット順に挙げられたテーマごとに、ドゥルーズが話していくという形式を採っている。

 D「欲望(désir)」、H「哲学史(Histoire de la philosophie)」、K「カント(Kant)」といった、ドゥルーズの思想に直接関わりがあるようなものから、O「オペラ(Opéra)」、T「テニス(Tennis)」といったテーマまで、ざっくばらんに語られる。撮影されたのが自室ということもあってか、またインタビュアーが教え子であることもあってか、ドゥルーズはとてもリラックスして話している。自分の死後に公開するという前提の元で撮影していることも、気楽さの要因なのかもしれない。
 ドゥルーズは瞬間ごとに閃き、浮かんできた思考を掴もうとして、時には飛躍したり、時には「こうじゃない」と戻ったりしながら、概念を生成していく。映像としてその姿を観ている者は、ドゥルーズの思考過程に共に付き合い、生成の瞬間に立ち会う経験ができるのだ。
 書物となった哲学は、整理されてはいるが既に形が定まり硬直したものである。著者はそこには居ない。一方で『アベセデール』に映し出されている映像による哲学は整理されていない。しかし、生成されたばかりの混沌とした概念が、何かを言わんとしている哲学者の姿が、そこにはある。
「リゾーム」「スキゾ」「パラノ」といった、一般的にドゥルーズのものとしてよく知られている概念について、この作品の中であまり言及されることはない。日本では「ポスト構造主義」「ポストモダン」などが一時期大変に流行したものの、今となっては既に「ブーム」は去ってしまった感もある。しかし、本作品の翻訳に携わった國分功一郎など、若手研究者による新たな研究も行われている。

 喧騒が過ぎ去った今こそ、ドゥルーズが時折咳き込みながらも自らの思想を語っている声に耳を傾ける時なのではないだろうか。

ジル・ドゥルーズの『アベセデール』(日本語字幕つき)
監修/國分 功一郎。DVD3枚・冊子つき(80ページ)。KADOKAWA/角川学芸出版。8700円
 

 

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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