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「誰が松ちゃんをテレビから消したのか?」放送事業の破滅的構造問題【鎮目博道】

『ありがとう、松ちゃん』より

■テレビ報道は裏取りをしなくなった

 いつの頃からか、テレビは裏取りをせずに他メディアの報道をそのまま放送するようになった。「〇〇によると」というエクスキューズをつけるだけで、あたかも自分たちが確認してきた事実のように「ニュース」として扱っている。いつからか? というと「文春砲」という言葉が一般化してきた10年ほど前からのように思う。雑誌などのスクープに乗っかったほうが楽だし、視聴率も取れる。ちょうど、番組制作費がどんどん削減されていく潮流の中で、テレビはいつしか「取材しないメディア」となってしまった。

 取材するのは、記者クラブを通じた官公庁などの発表だけ。独自取材でスクープを狙うことは極端に減った。すでに報道機関としてのプライドは消えてしまったと言わざるを得ない。

 いまやニュースの視聴率は、「いかにスクープを取ったか」ではなく「いかに分かりやすく伝聞情報をまとめたか」にかかっている。スタジオに大きなパネルやテロップを用意して、アナウンサーが分かりやすく解説すると視聴率がとれる。そのほうが制作費も安く済む。パネルを上手に作れるADはいまや各局で引っ張り凧だ。他媒体やネット上の情報をまとめる「まとめサイト」のようにテレビニュースはなってしまっている。

 文春の報道を裏取り取材もせず引用して、そこに「いろいろな人々の感想」を乗っけたニュースをテレビが放送し続ける中で、松ちゃんは消えた。いちおう「出演自粛」という形になってはいるが、吉本興業という大手芸能事務所の看板を背負う立場を考えると、実質「周囲に迷惑をかけないために出られなくなった」ということだろう。その空気を作ったのは、連日のテレビ報道だ。もしテレビが報道機関としてのプライドを捨てず、裏取りできない限り文春を引用しない方針で放送していたら、また状況は違っていたのではないか。

■芸能取材をするワイドショー」がいつの間にか消えた

 そして「テレビから消えたもの」はもうひとつある。それは「芸能取材をするワイドショー」だ。

 かつてテレビ局にはワイドショーという強力な「芸能取材チーム」が存在した。各局のワイドショーが芸能取材にしのぎを削り、芸能人のスキャンダルを雑誌やスポーツ紙より先にスクープすることも、しばしばあった。しかしいまでは、ワイドショーは芸能取材をほとんどしなくなり、ワイドショーが芸能スキャンダルを暴くことはほぼゼロである。

 芸能取材をやめた理由はいくつかある。大きな理由のひとつは、オウム真理教による坂本一家殺害事件を契機にTBSがワイドショーの制作をやめ、他の局もワイドショーの制作を「報道やバラエティ制作部門の傘下に置いた」ことだ。報道の傘下に入ったワイドショーは、ニュースを中心に扱うようになり、バラエティの傘下に入ったワイドショーは、タレントに頼るようになった。そして、どちらも芸能取材をあまりしなくなった。

 そこに「営業的、編成的な事情」が重なった。あるタレントのスキャンダルを放送することは、そのタレントを使うCMを放送する企業にとってうれしいことではない。さらに、そのタレントをキャスティングしているバラエティやドラマの関係者からも嫌がられる。だから営業局や編成局から「芸能スキャンダルはやめておけ」という圧力が次第に強くなり、ワイドショーは芸能取材をしにくくなった。ワイドショーは、次第に芸能メディアとしてのプライドである「芸能取材」を捨ててしまった。

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鎮目 博道

しずめ ひろみち

映像プロデューサー、ジャーナリスト、ライター。上智大学文学部新聞学科講師。92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教関連の取材を手がけた後、「スーパーJチャンネル」「報道ステーション」などのニュース番組と、「スーパーモーニング」などのワイドショーのディレクターを経てプロデューサーに。他にもドキュメンタリー番組制作多数。中国・朝鮮半島取材やアメリカ同時多発テロなどを始め海外取材を多く手がける。また、ABEMAのサービス立ち上げに参画。「AbemaPrime」「Wの悲喜劇」「メシテロ」「蛭子能収の蛭子能収による蛭子能収のためのニュース」など、ニュース番組、トーク番組、グルメ番組、バラエティ番組などオールジャンルの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、放送番組・インターネット動画の制作のみならず、多メディアで活動。「Yahoo!ニュース」でメディアに関する記事を執筆するほか、「夕刊フジ」「東洋経済オンライン」でテレビについての連載を持ち、「週刊新潮」「プレジデントオンライン」「FRIDAYデジタル」などにも定期的に記事を執筆。PR・メディアコンサルタントとしても活動。放送局やPR会社などで講演多数。上智大学で講師としてテレビ制作に関する授業を担当。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究、記事を執筆している。著作『「地域の人」になるための8つのゆるい方法 まちのメディアを使う・学ぶ』(共著、彩流社)。

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