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『滅亡と絶望』、またはプーチンの超時空戦争【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」51

 

◆「冷戦が終わらない世界」への回帰

 2021年、プーチンは戦争の準備を整えはじめました。

 春にはウクライナ国境付近に、10万人規模の軍が集結

 

 即応性をチェックするための演習だったとかで、主力部隊はやがて撤収するのですが、その直後から欧州向けの天然ガス輸出量が顕著に減少。

 秋にはふたたび、ウクライナ国境付近への兵力集結が開始され、ホワイトハウスでも侵攻をめぐる予測の報告があったと言われます。

 

 他方、アレックス・ウェスリーが『滅亡と絶望』に取りかかったのは2021年2月。

 作品が完成したのは10月ですから、上記の時期とぴったり重なります。

 もうすぐウクライナに攻め込む、という気運が高まってゆく中で制作していたことに。

 

 スピリドノフとコンバット(シシュキン)がアース66.9に送り込まれる設定も、こうなると意味深長です。

 廃墟と化した世界を二人がさまよう描写は、現実のウクライナ戦争の映像を如実に想起させる。

 「24時間で帰ってこられるはずが、戻れなくなってしまった」という展開など、ずばりこの戦争を予見した感があります。

 「ウクライナ戦争と『反グローバリズム聖戦』」(令和の真相47)で指摘したように、プーチンは当初、短期決戦でカタをつけるつもりだったに違いないのです。

 

 しかも注目すべきは、スピリドノフとコンバットが送り込まれたのが、2020年代のアース66.9ではないこと。

 劇中には二人が転送されたときの現地の日付が出てきますが、当の日付は「19901018日」なのです。

 言い換えれば、ソ連消滅(1991年)の前。

 

 アース66.9では、1979年(ソ連がアフガニスタンに侵攻、アメリカとの対立が深まった年です)に第三次大戦が勃発、文明が滅んでしまうのですから、1989年の冷戦終結も起こらなかったはず。

 『滅亡と絶望』は、現代のロシア軍兵士が「冷戦が終わらないまま、第三次大戦の起きた世界」に送られる物語なのです。

 

 けれどもウクライナ侵攻の背景には、プーチンの「勢力圏構想」がある。

 これは旧ソ連の枠組みを自国の覇権が及ぶ範囲、すなわち「勢力圏」と見なし、圏内の国々を従属させる一方、ソ連消滅いらい、それら諸国に取り残される形となったロシア人を支援しようとするもの。

 「ウクライナ戦争、米欧は果たして黒幕か」(令和の真相42)で紹介した「ユーラシア連合構想」も、勢力圏構想の一環です。

 

 そして勢力圏を確立しようとするのは、むろんアメリカのグローバリズムに対抗するためなのですから、プーチンは「ソ連が健在で、冷戦も終わっていなかった時代」への回帰をもくろんでいることになる!

 ウクライナ戦争はたんなる地理的侵攻にあらず、自国が地域覇権を誇っていた過去に戻ろうとする「超時空戦争」なのです。

 いよいよ、『滅亡と絶望』に重なってきたではありませんか。

次のページ終末の日が早まるとき

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佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

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