『滅亡と絶望』、またはプーチンの超時空戦争【佐藤健志】
佐藤健志の「令和の真相」51
◆終末の日が早まるとき
関連して興味深いのが、10月18日という劇中の日付。
1989年10月18日は、東ドイツの指導者だったエーリッヒ・ホーネッカー国家評議会議長が失脚した日なのです。
当時、東欧諸国では民主化の波が高まっていましたが、ホーネッカーは頑として社会主義路線に固執。
ついにはソ連書記長だったミハイル・ゴルバチョフに見捨てられ、側近たちの提出した自分の解任動議に賛成せざるをえなくなりました。
ベルリンの壁の崩壊は、それから一ヶ月も経たない11月9日の夜ですから、ホーネッカー失脚こそ冷戦終結の引き金だったことに。
スピリドノフとコンバットは、ちょうどその一年後のアース66.9に送り込まれるのです。
アレックス・ウェスリー監督、過去への次元転送という筋立てに、政治的・社会的寓意をこめたのではないでしょうか。
なに、ウクライナ戦争で文明が滅亡することはない?
そうあってほしいものですが、果たしてどうか。
ロシアの国家主義思想家で、プーチンに影響を与えていると言われるアレクサンドル・ドゥーギンは、2023年、こう発言しているのです。
【(ウクライナ戦争の帰結は)ロシアが勝利するか、人類滅亡になるかの二択です。三つ目のシナリオはありません】
人類滅亡とは当然、ロシアと米欧の間で核戦争が勃発することを指します。
ドゥーギンは続けて、こう語る。
【この戦争はいつまでたっても続く可能性もありますが、人類滅亡であっという間に終わる可能性もあります。西側(=欧米諸国)がロシアかベラルーシに対して、戦略核兵器、戦術核兵器を使えば、もうおしまいです。NATO諸国が(ウクライナ戦争に)直接、参加すれば状況が緊迫化し、終末の日が早まります。】
ウクライナのゼレンスキー大統領は目下、米欧が供与した長距離射程兵器でロシアを攻撃したいと要望しています。
アメリカは渋っているようですが、イギリスは前向きとのこと。
だがプーチンはこれについて「NATO=北大西洋条約機構の国々がロシアと戦うことを意味し、紛争の本質を変える」と反発。
事と次第では、ドゥーギンの言う「終末の日」が早まるかも知れません。
お分かりですね?
『滅亡と絶望』に登場する「1990年のアース66.9」は、「ウクライナ戦争が核戦争にエスカレートした2020年代の世界」とそっくりなのです。
そして劇中には、ウェスリー監督がこれについて自覚的だった形跡が見られる。
ミュータントの隠れ家でスピリドノフが見せられる記録映画には、陰謀論の台頭やコロナのパンデミック、さらには反ワクチン論の流行など、1990年の世界には存在しなかった事柄に関する言及が盛り込まれているのです。
ならばわれわれは『滅亡と絶望』から、現実にたいするどのような洞察を抽出すべきなのか?
この先は次回、お話ししましょう。
(※)記事作成にあたっては、輸入ブルーレイ&DVD専門店「ビデオマーケット」店主の涌井次郎氏にご協力いただきました。ここに謝意を表します。
(了)
文:佐藤健志