楽しければそれで良いのか?【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第32回
森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第32回
森羅万象をよく観察し、深く思考する。新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白くなる――。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。 ✴︎BEST TIMES連載(2022.4〜2023.9)森博嗣『静かに生きて考える』が書籍化(未公開原稿含む)。絶賛発売中。
第32回 楽しければそれで良いのか?
【秋の落葉掃除から学ぶこと】
毎年、この季節は庭園内の落葉掃除に明け暮れる。毎日何時間も庭に出て、作業服姿のガーデナとして肉体労働に勤しむ。小説の長編1作を書き上げる時間の5倍くらいを費やしているので、「読者の敵」と命名しても良い。
ほぼ、僕一人で行なっている作業である。奥様は、この時期は来春に向けて球根を植えているので、庭園内でたまに見かけるのだが、ずっと遠くにいるので話をするようなことはない。同じく話しかけることはないが、犬の方が近くにいる。
敷地内に舗装されているアプローチが60mほどある。そこの落葉掃除を、奥様と長女にも協力してもらい、3人ですることになった。仕事を始めようと思ったところ、2人はまだランチを楽しんでいる様子だったので、さきに僕だけで違う場所の掃除をしていた。重さ10kgほどあるエンジン駆動のブロアを背負って、ダクトから噴き出す風によって落葉を掃き集める作業だ。落葉がある程度集まったら大きな袋に入れる。2人がちっとも呼びにこないので、舗装アプローチへ見にいくと、レーキ(熊手)を持って、落葉を集める作業を既に始めていた。
塗装されていて平滑なので、ブロアで寄せれば、あっという間に落葉が集合する。だから、それらを袋に入れる作業を2人にしてもらうつもりだった。しかし、レーキを使って掃き集めるのは大変なうえ、何倍も時間がかかる。しかも、綺麗にはできない。
2人は、楽しそうにおしゃべりしながら掃除をしているので、しかたなく、僕は残りの場所の落葉をブロアで吹き飛ばした。
かつての僕なら、文句をいっただろう。だが、還暦を過ぎた老人になった今は、多少なりとも人間ができてきたので、ぐっと堪えて黙っていた。
そんな非効率な作業は時間の無駄だ、と確信できる。彼女たちは、風向きも、明日の天気も、落葉の湿り具合も、なにも考慮していない。どういう順で袋に入れれば焼却が楽かも考えていない。正しい手順を示さなかった僕が悪い、と思うしかない。
ただ、彼女たちにも言い分があるだろう。楽しく仕事ができればそれで良いのだ。効率なんてどうだって良い。一理あるどころか、それはそのとおりなのである。こうすればもっと早く片づけられる、といった理屈を聞くことの方が、むしろ不愉快なのだ。
たとえ綺麗に落葉を除去できたとしても、今は毎日どんどん降り注ぐ時期なので、3時間もすれば、再び落葉ですっかり覆われてしまう。つまり、綺麗な状態なんて、ほんの一瞬なのだから、とりあえず今は落葉を減らそう、という方針が正しい。しかし、その一瞬の綺麗さで、気持ちが良くなるのもわからないでもない。
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世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?
森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。
〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。