ものを作ることがデフォルト【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第33回
森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第33回
【生き方も「作る」から「選ぶ」へ】
新しいものを見つける目は、今並んでいる商品を選ぶ目からは育ちにくいだろう。子供たちに「将来の夢」を問えば、ほぼ例外なく、現在実在する職業を答える。夢を作るのではなく、選んでいる。それを聞くと、僕は限界を感じてしまう。たとえば、現在社会のトップにいる人たちの多くは、以前には存在しなかった仕事に就いているからだ。今までなかったものを目指した人たちが成功している。
もちろん、誰もがそんな成功を収められるわけではない。一部の人がなし遂げたものを「成功」と呼ぶ。したがって、常識的なものに縛られていると、やはりその分、普通の人生になることはまちがいない。
誰かに憧れ、誰かを推すことは簡単で、地道で、いわば安心が得られる幸せな生き方といえる。それはまるで、美味しいと評判の店の前にできた行列に並ぶようなものだ。そこに並んだ瞬間、少し未来が確定され、美味しい料理にありつけることが約束されている。なにも努力しなくても良い。ただじっと立って、待っているだけで良い。
そういう生き方は、とにかく楽なのである。誰もが楽をしたいのは当然。一生呑気に生きられたら、全然悪くない。のほほんとした人生って、わりと多くの人が願っているシチュエーションだろう。
ただ、ときどきでも良いから、ちょっと考えてみた方が面白い生き方ができるかもしれない。結局、楽な生き方をするほど、誰かから搾取されて、知らず知らず損をしていることになる道理が見えてくる。もし、それでも良い、搾取するよりは搾取された方が良い状態だ、と開き直れる人は、それでけっこう。そのまま一生頑張れる人は素晴らしい。だけど、本当にそんな損をしたまま、いつまでもにこにこしていられるだろうか、という問題がずっと残るだろう。
もし、できたら損をしたくない、できるだけ搾取されたくない、という思いがあるのなら、並んだ商品から選ぶだけの人生に、行列に並ぶだけの人生に、ときどき抵抗することである。自由とは、選ぶものではない、並ぶことでもない。作るものだからである。
そうはいっても、他者というのは、商品ではないけれど、作ることができない。他者は選ぶしかない、という大問題が控えている。そう、そのとおり。だから、他者には期待しないこと。
作るにしても、選ぶにしても、なんらかの妥協は必ずある。作れるものしか作れないし、選べるものからしか選べない、という意味では、両者の差はごく小さいのかもしれない。このあたりが、人生の不自由さである。
一番大事なことは、自分は選べないけれど、作ることができる、という道理である。
KEYWORDS:
✴︎森博嗣 極上エッセィ好評既刊✴︎
『静かに生きて考える Thinking in Calm Life』
✴︎絶賛発売中✴︎
★森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。
世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?
森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。
〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。