時代に裏切られたとき、「保守」は破壊の理念となる【佐藤健志】
佐藤健志の「令和の真相」52
◆なぜプーチンは過去に回帰したいのか
となれば、これから世界がどうなってゆくかを理解するうえでも、『滅亡と絶望』は手がかりを提供してくれるはず。
内容をあらためて振り返ってみましょう。
この映画では、スピリドノフとシシュキン(通称「コンバット」)という二人のロシア兵が、次元転送装置によって異次元の地球「アース66.9」に送りこまれ、そのまま帰れなくなる。
二人の兵士が送り込まれたのは、2020年代ではなく、1990年10月のアース66.9。
しかるにこの世界では1979年に第三次大戦が勃発、「核生物兵器」が使用されたあげく、文明が滅んでいたのです。
裏を返せば、『滅亡と絶望』では冷戦終結(1989年12月)も、ソ連消滅(1991年12月)も起きていない。
同作品における文明滅亡の光景は、ウクライナ戦争をありありと想起させますが、ならば映画には以下のメッセージがこめられていることになるでしょう。
(1)プーチンのウクライナ攻撃は、たんなる地理的侵攻ではなく、ロシアが(社会主義陣営の盟主として)地域覇権を確立していた過去に回帰しようとする試みである。
(2)そして、この試みは世界の破滅をもたらす。
関連して、興味深いエピソードがあります。
ロシアの外相セルゲイ・ラブロフは、ウクライナ戦争が始まった直後、どうしてプーチンは侵攻に打って出たのかと問われて、こう答えたというのです。
「プーチン大統領には三人の助言者がいる。イヴァン雷帝と、ピョートル大帝と、エカテリーナ女王だ」
ロシアの歴史に残る強力な君主ばかり。
プーチンは「過去からの声」に導かれて、過去に戻ろうとする戦争を始めたことになるでしょう。
まさしく「超時空戦争」ですが、なぜそんなに過去へと回帰したがるのか?
答えは単純明快。
冷戦終結、さらにはソ連消滅以後の時代の推移が、ロシアにとって期待を裏切るものだったから。
1990年代、ロシアには「西欧志向」と呼ばれる方向性が見られました。
今までのように地域覇権をめざすのではなく、アメリカをはじめとする自由主義諸国と協調してゆこうという路線です。
冷戦の「勝ち組」たるそれら諸国の価値観や制度を取り入れてゆけば、向こうもロシアに敬意を払い、対等の相手として扱ってくれるのではないか、という次第。
ところがどっこい。
米欧、とくにアメリカは、ロシアを「負け組」として見下したまま、同国をさらに追い込むような覇権戦略を展開しました。
その最たるものが、NATOの東方拡大。
こうして西欧志向は短期間のうちに放棄され、地域覇権の復活をめざす「勢力圏構想」に取って代わられたのです。
アメリカの振る舞いについては、プーチンも以前より強い不満を述べていました。
たとえば2007年のこの発言をどうぞ。
【(アメリカが覇権国として世界を一方的に仕切ることには)民主主義との共通性など全くありません。ご存知のとおり、民主主義とは、少数者の利益と意見を考慮に入れた多数派の権力を言うのです。】
【ついでながら、我々、つまりロシアは、常に民主主義についてお説教を受けてきました。しかしどうしたものか、我々に教えを垂れようとする人々は自ら学ぼうとしないのです。】(小泉悠『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』、東京堂出版、2019年、94ページ)