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ただほめても、部下と良い関係は築けない。アドラー心理学を研究する哲学者が「部下の貢献に注目せよ」と言う真意【岸見一郎】

『アドラーに学ぶ 人はなぜ働くのか』より #3

■部下の貢献に注目する

 次のようにすることができます。同じ行為の適切な面に注目することで、同時にその行為の不適切な面に注目しなくてすむようにするのです。

 一読してもすぐには意味がわかりにくいかもしれませんが、例えば、子どもが朝遅く起きてきたという場合、起きてきた時間が遅いことには注目せず、とにもかくにも起きてきたことに注目するということです。ベッドの中で冷たくなっていたのではなく、起きてきたことはありがたいことなので、起きてきたことにだけ注目すれば、起きてきた時間には注目しなくてすみます。

 職場の場合は、部下の貢献に注目することができます。失敗には注目しないで、仕事をしたことに注目すればいいのです。具体的には、「ありがとう」「助かった」という言葉をかけることができます。上司は部下が仕事をすることを当たり前だと思い、このようなことを今までことさらに意識したことがなければ、そのような言葉がけは思いもつかないでしょう。
 
 部下は知識も経験も十分ではありませんから失敗することはあります。例えば、小学校の教師は就職するとすぐにクラスを担任しなければなりません。しかし、新米教師にとっては何ぶん、初めてのことばかりなので失敗することはあり、保護者から批判されることはありえます。

 そのような時は上司が部下である新米教師を庇うことが必要です。上司は部下が失敗した時に、その部下の失敗に適切に対処しなければなりません。保護者からの要求が不当であれば、きちんと説明することが上司の仕事です。

 それなのに、自己保身に走る上司は、保護者と一緒になって部下を責めます。そうなると、部下はもう教師を続けられないと思ってもおかしくはありません。突然、朝に「今日は休みます」という連絡が入ります。そうなると、上司や同僚が休んだ部下の代わりに授業をしなければならないことになります。

 新米教師は研鑽を重ね、教師としての力をつけていくしかありませんが、上司ができることは、今はまだ知識も経験も十分でなくても、とにもかくにも、部下が休まず出勤していることで貢献していることに注目することなのです。

 なぜ、このように部下の貢献に注目するかといえば、そうすることで、自分に価値があると思ってほしいからです。自分が仕事をすることで共同体(職場)に役立っていると感じられれば、自分に価値があると思えます。自分に価値があると思えれば、対人関係の中に入っていく勇気を持てるのです。

 これだけのことをした上で、なお部下が失敗するということはありますが、部下は次から自信を持って問題に対処することができるでしょう。少なくとも、部下が失敗することで注目を得ようとか、仕事を辞められる状況に自分を追い込もうとは思わないでしょう。

文:岸見一郎

『アドラーに学ぶ 人はなぜ働くのか』より再構成〉

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岸見一郎

きしみ いちろう

哲学者

哲学者。1956年、京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。専門の哲学に並行してアドラー心理学の研究をしている。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(以上、共著、ダイヤモンド社)、『アドラー心理学入門』『アドラーに学ぶ  人はなぜ働くのか』(KKベストセラーズ)、『生きづらさからの脱却』(筑摩書房)、『アドラー 人生を生き抜く心理学』( NHK出版)、『人生を変える勇気』(中央公論新社)、訳書にアドラーの『個人心理学講義』『人生の意味の心理学』(以上、アルテ)など多数ある。

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