孤独が好きになる理由【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第34回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

孤独が好きになる理由【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第34回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第34回

 

【孤独を恐れる人は大勢の中にいる】

 

 実は、ひとりぼっちの人が孤独なのではない。本当に孤独なのは、大勢の仲間の中にぽつんといる人だ。たとえるなら、田舎や山の中の一軒家ではなく、大勢が暮らしているマンションなのに、隣に誰が住んでいるかわからない一室みたいな存在。距離的には多数の他者に囲まれているのに、周りのみんなが自分にとっては明らかに無関係だ、と感じる。真面目な話ができない、話が噛み合わないし、みんなが秘密を持っている、それをけっして明かさない。仲間はいるけれど、これが本当の「親しさ」だろうか、と疑問を抱く。

 まず、孤独を感じるのは、この「親しさ」への幻想があるためで、いうならば、「他者への期待」が根元となる。「親しい他者」の虚像を信じている。そういうものが存在すると何故か思い込んでいる。それは、神を信じるようなものであり、根拠はまったくない。しかし、子供の頃から見せられてきた数々のフィクション、ドラマ、映画、漫画、小説などに描かれているものだから、絶対にこの世に存在すると信じている。神や超能力などの超自然現象と同じくファンタジィでありSFなのだが、周囲の誰もが信じているように見えるし、そう振る舞うから、いつまでも期待してしまう。自分の前にも「親しさ」がやってくる、と待っているのだ。つまり、この状態が「孤独」というものの正体である。

 仲間と一緒にいて安心できる人は、一人でいる人を見て、「寂しそうだな」と感じるし、一方、一人で楽しんでいる人は、仲間と一緒にいる人を見て、「つき合わされて可哀想だな」と感じる。いずれの立場にいても、自身の境遇が良いと感じる人は多い。でも、一部の人は、逆の立場へ憧れを持っている。仲間と一緒にいても、「こんなグループからは早く抜け出して、一人でのんびり過ごしたい」と感じる人はいるし、一人でなにかをしていても、「大勢で一緒に楽しめたら良いな」と感じる人もいる。

 そういった個々の立場、それぞれの感覚を無視して、一人だと孤独だ、と決めつける場合があって、特にマスコミなどは、そういった勘違いをしやすい。勘違いではなく、なにかスポンサを配慮して故意にイメージを捏造している可能性もある。マスコミというのは、このような意図的な捏造を長年にわたって続けて、それを自分たちでも信じてしまうようだ。

次のページ孤独を愛する人生

KEYWORDS:

オススメ記事

森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

この著者の記事一覧