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孤独が好きになる理由【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第34回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第34回

 

一人でいることは、自由の象徴

 

 少数派ではあるけれど、孤独が大好きでたまらない、という人たちがたしかにいる。僕もその一人だ。子供の頃から一人でなにかをする時間が好きだった。大好きなことに没頭できる。誰にも邪魔をされたくない時間なのだ。

 友達と遊ぶことが嫌いだったわけではない。それは友達による。確率でいうと、50人に1人くらいだが、稀な人格の人がいて、特別なものを持っている、ときどき予想外のことが得られる、というメリットがあるから、結果として親しくなる。だが、そうではなく、多くの友人を持つと、相手に合わせなくてはいけないので、自分のペースが乱されると感じてしまう。歩調を合わせて歩かないといけない。自分の好き勝手なことができない。

 僕はすぐに飽きてしまう性格だったから、すぐに別のことをしたくなる。この遊びはもう充分だから違うことで遊ぼう。その話はもういいよ、別の話題にしよう、と思ってしまう。少し一緒に遊んだら、もう別れたくなる。「じゃあね」と勝手に去ることが許される相手なら良いけれど、なかなかそうはいかない。特に大勢になるほど、自分勝手にできない不自由さで苦しくなる。友達というのは面倒なものなのだ。

 一人でいることは、自由の象徴でもあった。たとえば、面白いことを思いつくと、食べたり寝たりするのも面倒になる。しかし、子供だから勝手にできない。しかたがないので、夜中に起きたり、朝4時頃に起きて、こっそり活動することがあった。そういうときに、自由だなと感じ、これが孤独の素晴らしさだ、とも思えた。

 大人になっても、この生き方のままだった。研究者になったから、素敵な孤独の時間を増やすことができた。何時間でも一人でいられる。考え続けたり、計算したり、ずっと邪魔をされない時間を過ごすことができる。こんな幸せがあるのか、と思えた。もう親の目を気にしなくても良い。結婚をしたけれど、「仕事だから」といえば良い。

 これは、人間関係に限ったことではない。たとえば、日々の生活で自身のためにしなければならないことの多くが退屈で、面倒で、できればスキップしたいと思う。風呂に入ったり、着替えをしたり、トイレにいったり、食事をしたり、寝たりする必要があるし、決まった時間にしなければならない儀式が多々ある。意味のない儀式があると、本当に滅入ってしまう。ようするに、生きていくことが面倒なのだ。

 そういうことをせず、今興味があるものに没頭していたい、と考えてしまう。だが、それでは死んでしまうかもしれないから、しかたなく、いやいや妥協し、騙し騙し生きるしかない。不自由このうえないのである。

 歳を取って、だんだんそういった苛立ちが減少した。あまり急いで考えなくても良いのではないか、と諦めるようになった。自分の欲求を聞き流せるようになったのである。だから、老齢のこの頃になってようやく、落ち着いてきた。まあ、この程度で良いではないか、僕の人生は、と今は思えるようになった。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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