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酒井順子『老いを読む 老いを書く』 『楢山節考』のおりん婆さんの精神はいつまで続く【緒形圭子】

「視点が変わる読書」第16回 『老いを読む 老いを書く』 酒井順子 著

 

◆何故、日本で「老い本」がこんなに出版されているのか?

 

 第二章からは一転、現代に目が向けられる。

 現代の日本の「老い問題」の中核にあるのは、寿命の延長である。

 2022年時の日本人の平均寿命は男性が81歳、女性が87歳。驚いたことに、100歳以上の人口は調査が始まった1963年には153人だったが、2022年は9万人超え! さらに2007年に生まれた日本の子供の半数が100年以上生きるという予測も出されている。今を生きる私たちは長い老後を生きなければならない宿命を背負っているのだ。

 そうした私たちに向けて、年代で区分された「老い本」が数多出版されている。

 『60歳、ひとりを楽しむ準備 人生を大切に生きる53のヒント』岸本葉子(2022)、『70歳が老化の別れ道』和田秀樹(2021)、『88歳、ひとり暮らしの元気を作る台所』多良美智子(2023)、『老いの上機嫌 90代! 笑う門には福来る』樋口恵子(2024)、『103歳、名言だらけ。なーんちゃって、哲代おばあちゃん長ういきてきたからわかること』石井哲代・中国新聞社(2024)……ここ4年間だけでも50冊以上!

 60代、70代、80代と進めば、体の状況も生活の状況も変わる。それに対処するため、あらゆることを指南する本が出ているわけだが、この多さは異常だ。何故こんなにも日本で「老い本」が出版されているのかといえば、それは日本人が「他人に迷惑をかけてはいけない」という尋常でなく強い意識を持っているからだと、著者は指摘する。

 その昔、食べることにもこと欠く日本の寒村で老人が家族に「迷惑をかけたくない」と山に入ったが、その思いは連綿と引き継がれ、現代の日本に生きる老人たちもまた周囲に「迷惑をかけたくない」と思い、そのためにはどうすればいいのかを模索し、その要求に応えて、多くの「老い本」が出版されているというのだ。

 深い洞察をドライかつシニカルなタッチでさらりと書くのが、この著者の妙技である。

 2003年に出た『負け犬の遠吠え』を読んだ時は大げさでなく、震撼した。私は著者より二つ年上だが、ほぼ同じ世代。しかも当時は、独身、子ナシ、30代とドンピシャの「負け犬」だった。周囲にはそういう女性が大勢いたので、自分の境遇をそれほど悲観したことはなかったけれど、ふとした時に既婚で子持ちの女性に対して感じる「負け感」や、誰も口にしないけれど私たちが置かれている実は厳しい状況を、よくここまで軽妙に表現できたものだと、心底感動したのだ。

 さらに著者は40代の時に『子の無い人生』を著わし、「女性の人生の方向性には、『結婚しているか、いないか』よりも、『子供がいるか、いないか』という要因の方が深くかかわる」ということを喝破した。

 そして、『ガラスの50代』。人生100年の現代において50代はまだ折り返し地点。これからまだまだ生きなければならないわけだが、会社員であれば定年間近。精神の平安を保つことが難しい上に、体力も若い頃と同じとはいかない。自分を奮い立たせ新しいことに挑戦したか思えば、昔を懐かしんだり、性生活の晩年を嘆いたかと思えば、若見せに躍起になったりと、揺れ動く繊細な50代を濃やかに描いている。

 こうした本を経て、著者が今回取り組んだテーマが「老い」だった。

次のページ日本の高齢者が目標とする最終到達点を突き止めた!

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緒形圭子

おがた けいこ

文筆家

1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。

『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。

紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。

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