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韓国戒厳令騒ぎの「滅亡と絶望」【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」53

 

◆ユン・ソンニョル、「滅亡と絶望」に走る!

 原状を取り戻そうとして、現状の破壊をもくろむ。

 当該の振る舞いを「滅亡と絶望」と呼ぶことにしましょう。

 2021年、ロシアで製作されたインディ系SFホラー映画の題名にちなんだもの。

 

アレックス・ウェスリー監督『滅亡と絶望』DVD(画像提供:輸入ブルーレイ&DVD専門店ビデオマーケット)

 

 映画『滅亡と絶望』、ちょうどプーチンがウクライナ戦争を準備しているさなかにつくられたのですが、同戦争が「失われたロシアの地域覇権」を取り戻そうとする過去回帰の試みであり、ゆえに(今後、とりあえず停戦が成立したとしても)本質的には「現在の世界」全体を滅亡に追いやりかねないことを、ずばり描き出していました。

 くだんの試みが「冷戦終結後の歴史の経緯に裏切られた」という絶望に突き動かされたものであることは、「時代に裏切られたとき、『保守』は破壊の理念となる」(令和の真相52)で指摘したとおり。

 

 『滅亡と絶望』の監督アレックス・ウェスリーは、血みどろのグロテスク描写、いわゆる「ゴア」で知られた人物であり、政治的・社会的な問題意識の持ち主とは見なされていません。

 ただし「自分たちを裏切った時代に復讐したい」という血みどろの情念こそ、ウクライナ戦争の本質であるとすれば、ウェスリー監督はゴアにこだわることにより、事態の本質を浮き彫りにしたのです。

 

 けれども問題は、「滅亡と絶望」に走りたがるのが、プーチン、ないしロシアに限らないこと。

 お隣の韓国でも、ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領がみごとにやらかしてくれました。

 

 123日の深夜、ユン大統領は緊急のテレビ演説を行い、「非常戒厳(令)」を布告すると宣言。

 国会や地方議会を含めた一切の政治活動の禁止、あらゆるメディアと出版の統制、さらにはストライキや「社会的混乱を煽る」集会の禁止など、国民の自由を全面的に制限するものです。

 なぜそこまでやらねばならないか、理由は以下の通り

 

 【(「反国家的」な野党が多数を占め、政権運営をことごとに邪魔する結果)自由民主主義の基盤たるべき国会は、自由民主主義の破壊をもくろむ怪獣と化した。今や韓国は危機的状態に陥っており、いつ崩壊してもおかしくない。】

 【親愛なる国民諸君、北朝鮮共産主義勢力の脅威から自由な韓国を守るべく、私は非常戒厳を宣言する。恥知らずにも北朝鮮の側に立ち、国民の自由と幸福を奪い取る反国家勢力を一掃し、自由な憲法秩序を守るのだ。】(英語記事より拙訳)

 

 反国家勢力がのさばる「現状」のままでは国が滅びるから、あるべき「原状」を取り戻すべく、戒厳令に訴えてでも現状をぶち壊す!

 ユン大統領、少なくとも主観的には、救国の英雄として雄々しく立ち上がったつもりだったのでしょう。

 国会や中央選挙管理委員会(北朝鮮の関与した不正選挙疑惑があるのだそうです)には、陸軍部隊が制圧のため送り込まれました。

 ところがどっこい。

 

 124日の午前1時過ぎ、「自由民主主義の破壊をもくろむ怪獣」だったはずの国会で、戒厳令の解除要求決議案が可決されます。

 布告宣言の趣旨に従うなら、こんなものは一蹴すべきところですが、ユン大統領はあっさり腰砕けとなってしまい、宣言からわずか六時間後、午前5時過ぎに非常戒厳を解除。

 三日後の127日には、国民にたいして謝罪するにいたりました。

 救国の英雄も知れたものと言わねばなりません。

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佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

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