火野正平、北の富士、中山美穂。「昭和99年」終盤の訃報は「色男」と「女優」を過去へと追いやった【宝泉薫】
連載:死の百年史1921-2020 【番外編】2024(令和6)年
死のかたちから見えてくる人間と社会の実相。過去百年の日本と世界を、さまざまな命の終わり方を通して浮き彫りにする。2024(令和6)年【連載:死の百年史1921-2020】番外編。
2025年は令和7年であり、昭和100年にもあたる。つまり、昨年は昭和99年でもあったわけだ。そんな年に届いた訃報は、昭和が遠くなったことを実感させられるものが多かった。西田敏行に篠山紀信、キダ・タロー、渡邉恒雄などなど。なかでも筆者が印象深いのは、11月から12月にかけて旅立っていった三人の男女だ。
まずは、火野正平(享年75)。言わずと知れた「昭和のプレイボーイ」である。
若い頃は数々の浮名を流し、最大11股という噂も。すでに妻子がいたので、浮名というより浮気だが、どの愛人ともキレイに別れられるという奇蹟のような恋愛遍歴でもあった。
愛人たちは口々に「一緒にいるだけでよかった、とことん憎めないのが火野さん」(小鹿みき)「あの人が真理子という女と暮らして、よかったと思ってくれるだけでいいんです」(望月真理子)「たくさんの男に貢いだが、ちゃんと返してくれたのは火野正平だけだった」(仁支川峰子)などという言葉を残している。
また、本妻とは籍を抜かないまま、別の女性と40年以上にわたって事実婚を続け、こちらにも子供が誕生。しかし、亡くなったあとにありがちなトラブルは起きていない。
晩年はNHKの紀行番組『こころ旅』で親しまれたが、これは彼が奇蹟のような恋愛遍歴を全うすることができた謎を解き明かすような番組でもあった。というのも、彼は旅先で若くて可愛い女だけを好んだわけではない。年齢や美醜に関係なく、女に握手を求められれば、
「妊娠しても知らんぞ」
と、お決まりの台詞で笑わせる。人懐っこい言動で親しくなる相手も老若男女を問わず、さらに、動植物全般が興味の対象だった。少年のように虫を追いかけたかと思えば、花の香りを嗅いだり。虫も花も自然のものなので、人間の思い通りにはならない。彼は好きな女に対しても、自然に接し、自然にまかせてきたのだろうと想像させられた。
そんな姿勢は被災地を訪れた際などにも発揮され、無言の共感力のようなもので人々と自然に寄り添っていた。こういう男だからこそ、相手の女も彼にいろいろと共感して別れすら自然に受け入れるしかなかったのだろう。
ちなみに、筆者は子供の頃、NHK大河ドラマの『国盗り物語』で彼を知り、その後、誕生日が同じということもあって、大ファンになった。ファンというよりは、目標だが、とても真似できる存在ではない。有名人のなかにも「○○の火野正平」と呼ばれる人がしばしば登場してきたものの、彼のように愛されることはなかった。
それは時代のせいでもある。もはや、プレイボーイが自然に生きられる世の中ではないのだ。
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