第60回:「ナメられない方法」
<第60回>
11月×日
【「ナメられない方法」】
多くの生き物は、生まれながらにして、固有の能力を持っている。
ライオンであれば、「狩る」能力。シマウマであれば、「駆ける」能力。フリーアナウンサーであれば、「自分の人気が低迷する気配を敏感に察知して、テコ入れとして野菜ソムリエとかの資格を取る」能力。
では、僕という生き物の固有の能力はなにかといえば、それは「すぐに年下からナメられる」という能力である。
もう、本当にすぐにナメられる。
光の速さで、年下にナメられる。
たとえば学生時代。バイト先に高校生の新人が入ってくる。
僕は先輩として、色々と仕事のやり方を指導する。
最初のうちは、僕のことを「ワクサカさん」と呼ぶ新人。
しかし、それが数日を置かずして「ワクサカくん」になる。
そして、あれよという間に「ワッくん」になる。
気がつけば、「ワクワクさん」などという、小馬鹿にしたニュアンスが混じった呼称になっている。
そして「ベトベトさん」という、もはやルールを無視したあだ名を付けられる。
果てはバイトの飲み会で「ベトベトさん、ビール取って。それも今すぐに」と、完全に上から目線で命令される。
驚異の進化論が、そこにある。
ダーウィンも舌を巻くようなスピードで、僕はあっという間に年下にナメられていく。
いままでの人生の中で、年下に何度「あいっすー、わっかりましたー」と言われてきたことか。
いままでの人生の中で年下に何度「あ、ワクサカくんに声かけるの忘れてた。今日の◯◯さんの誕生日会、来る?無理だよね」と言われてきたことか。
先日、友人宅に遊びにいった。すると、そこの三ヶ月になる赤んぼうに、前髪をつかまれた。そしてそのまま、何本か毛を抜かれた。
この世にニューリリースされたばかりの、いわば「最先端の後輩」である赤子にすらナメられる。
この能力、もはや底なしである。
ナメられ続けると、心底疲弊する。
そんな時は「小動物」と検索エンジンに打ち込み、ネットを徘徊する。
ナメられた悲しみを癒す手っ取り早い方法は、他の誰かをナメることである。
自分よりもナメられやすい生き物、それは小動物をおいて他にいない。
ライオンやシマウマ、フリーアナウンサーなどの大型動物にはやはり先輩感が漂うが、小動物にはバツグンの後輩感が期待できる。
特に、ハムスター。
ハムスターは、ナメられ要素に満ちている。
「いつも震えている」
「すぐに子どもを産んじゃう」
「ヒマワリの種で口をいっぱいにしちゃう」
素晴らしい。素晴らしいほどに、ダメな後輩感がある。
「どこでもビクビクしちゃうっス」
「いつもスケベなこと考えてるっス」
「食べ物が目の前にあるとついつい食べちゃうっス、へへ」
ああ、このナメやすさ。いますぐハムスターに「パン買ってこい」と言いたい。
自らの傷が癒えていくのを感じる。
しかし、いつまでもこんなことではダメだ。僕は自戒した。
小動物などで自らを癒すなどという、底辺の発想をしているから、いつまでたってもナメられる体質なのだ。
自らを、変えなければならない。
意を決した僕は、「人からナメられない方法」を検索した。
すると、「ナメられない生き方」というサイトが出てきた。
そこには、こう書いてあった。
「人からナメられないためには、自分のことをナメる人がいない場所にいきなさい」
驚いた。
こんなに人をナメたアドバイスがあっていいのか。
「お腹が空いたら、戸棚をあけなさい」というお母さんが鍵っ子に残した置き手紙のような言い草で、なんと役に立たない助言をしてくるのか。
頼りにしていたインターネットにまでナメられた僕は、しばし呆然としたのち、戸棚をあけて、ビスケットの缶を取り出した。そして、そのビスケットで口をいっぱいにした。
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