統一教会を批判する人の愚鈍さ 「君たちは洗脳されている」と言い続けても何も変わらない理由【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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統一教会を批判する人の愚鈍さ 「君たちは洗脳されている」と言い続けても何も変わらない理由【仲正昌樹】

人は物語を生きる存在である

「自分とはどういう存在かをめぐる『物語 story』」を生きているか?

 

■「自分とはどういう存在かをめぐる『物語 story』」を人は生きる

 

 肝心なのは、その人がそれまでの人生で形成してきた、自分とはどういう存在かをめぐる「物語 story」と、講義で聞かされる内容が適合しているように思えるかである。この場合の「物語」というのは、サンデルなどのコミュニタリアンが言っている「物語」のことである。どんな人間でも、自分は(他者との関係で)どういう人間かという自己意識を持ち、自分なりの人生の目標や幸福観を持っている以上、かなり漠然とした形ではあれ、過去から未来に向かう人生の「物語」を持っている。無論、その「物語」は客観的事実だけから構成されるものではない。少なからず、その人の生まれ育った環境や、属している共同体に共有されている「物語」に影響される。コミュニタリアンは、後者の共同体の物語の個人への影響を重視する。

 統一教会の原理講義も、そうした物語、教団が共有している人間の生き方についての物語をベースにしている。新しく来た人に対するトークは、その人の人生の物語と、教団の教義の物語が一致しているように思わせる試みである。教団からすれば、人生の真実を明らかにする営みだが、批判的な観点に立てば、異質な物語の間での辻褄合わせにすぎないであろう。

 

統一教会の合同結婚式

 

 統一教会の暫定的な教典である「原理講論」の中核になっているのは、新旧約の聖書をベースにした人間の(楽園からの)堕落と復帰の物語である。ベースが聖書なので、解釈は別として、ユダヤ教やキリスト教の物語とさほど違わない。統一教会がどういう教義か紹介することが本稿の目的ではないので、ここでは要点だけ述べておく。

 

 特徴は第一に、人間の始祖の堕落を性的なものと見ること。この見方自体は、フーコー(一九二六-八四)の『肉の告白』(二〇一八)とかミルトン(一六〇八-七四)の『失楽園』(一六六七)を読めば分かるように、キリスト教思想史ではさほどレアではない。統一教会は、それが私たちのリアルな人間関係に反映されている、と教える。簡単に言うと、愛欲をめぐる人間関係のもつれである。

 

ミシェル・フーコー(一九二六-八四)。フランスの哲学者、思想史家、作家、政治活動家、文芸評論家。

 

 第二に、旧約聖書で展開されるユダヤ民族の生成と迫害の歴史を、カインによるアベル殺害に始まる、自分は――神あるいは親から――愛されてないと感じる者の、愛されている者に対して抱くルサンチマンと、後者によるそれを克服するための闘いの歴史と見る歴史観である嫉妬による兄弟殺しというモチーフを重視する見方はやはりキリスト教の伝統の中にもあるが、統一教会は、アベル的人物=神側とカイン的人物=サタン側の人物の対決が聖書の歴史を動かしている、と教える。それもまた、現実の人間関係に反映されている、ということが強調される。簡単に言うと、嫉妬に起因する対立である。

 原理講義では、オーソドックスなクリスチャンであれば、顔をしかめそうなほど、聖書の代表的なエピソードを、身近な問題に感じられるように解釈、プレゼンするので、何だか自分のことを言われているように感じる人もいる。そこで、紹介者が、「そうです、あなたの話です!」といって引き込んでいく。無論、ピンと来ない人や、聖書と結び付けられると、違和感を覚える人の方が多いだろう。だから、そのまま通い続けて信者になるのはごく一部である。

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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