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充実した人生に唯一必要なもの【森博嗣】連載「日常のフローチャート」第35回[最終回]

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第35回

 

【明日を楽しくするための今日】

 

 幸せというのは何か、つまりそれは、楽しい時間のことだろう。では、どうすれば楽しくなるのか? 難しくはない、楽しいことをすれば良い。しかし、毎日そんなに楽しいことばかりがあるわけではない。朝目覚めて、今日は何があるか、と考えても、そんなに楽しいことはない。しなければならないこと、面倒でしたくないことばかりである。

 多くの人は、面倒でしたくないことがなくなれば楽しくなれる、と考えているかもしれない。たとえば、週末がそうだ。仕事や学校へ行かなくても良い。無理に起きなくても良い。でも、それって楽しいものだろうか?

 嫌なことをしなくても良い時間とは、楽しい時間ではない。楽しくなるためには、なにか楽しいことをしなくてはいけない。寝ているだけでは楽しくない。寝ることが楽しいという睡眠趣味の人はいるかもしれないけれど、いつまでも寝ていられるわけではない。

 もし、あなたを楽しませてくれる人が近くにいるのなら、なにもしなくても良い。暇な時間がくれば、あなたは楽しめるだろう。子供のときは、親がそれをしてくれたかもしれない。しかし、そういう人がいない場合は、あなたが楽しめることを、あなたが準備しなくてはならない。そんな準備があってはじめて、楽しい時間がやってくることになる。

 そして、ここが一番大事な点だが、あなたは自分が何をすれば楽しく感じられるのかを知っている必要がある。それを知らないと、準備のしようがないからだ。

 自分が楽しめることを、普通は知っているのでは、と思われるかもしれない。本当にそうだろうか? 自分は何をすれば楽しめるのか、あなたは知っていますか? ずばり、それは何か、今説明ができますか?

 誰かと一緒になにかをして、おしゃべりをして、みんなで楽しくしたい、と答える人が多いかもしれない。そうではなく、あなたがしたいことを尋ねている。他者からしてもらいたいことではない。あなたがあなたのためにすることなのだ。

 まず、自分が何をすれば良いかを考えること、これが一番。そして、そのために必要なものを準備すること、これが二番。少々面倒かもしれないけれど、それを考えて、実行すること。これが、明日を幸せにする方法である。

 この一番というのは、別の言葉でいうと、「思想」である。そして、二番は、「計画」だ。人生を充実させるために最低限必要なものとは、思想と計画である。そして、補助的に必要なものとして、時間、資金、場所、他者、才能、努力、運、などがある。

 「時間がない」「お金がない」と言い訳する人は、思想と計画を持っていない。運を天に任せる人生ともいえる。そうではない。あなたの運は、あなたに任されているのだ。

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 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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