企業に見放された基礎研究、「ポスドク問題」、サイエンスの危機。
そのうち日本からはノーベル賞受賞者が出なくなる!?
サイエンス作家・竹内薫のノーベル賞プレイバック講義【第六回】
ポスドクはフリーター予備軍という現状
学生たちは博士号をとっても就職先がないという現状があります。それは文科省が「ポスドク」をたくさんつくって、博士号をたくさんだそうということでぶちあげた。まあ文科省らしいというか、受け皿がないままやってしまったんですよ。結局博士号をとったはいいが、大学のポストはありません。基礎研究所はみんなつぶれました。あとはどうする? もうフリーターしかないんです。
研究の仕事はまったくなくて資格だけ持っている。そういった人たちは大勢いますよ。そういう人たちはもう何もできない。しかも日本企業は特殊で、これが海外の企業であれば理科系で博士号をとった人をちゃんと人材として雇うんだけど、日本では雇われない。修士号までだったら自分の会社の色に染められるんだけど博士号をとった人はもういりませんと言う。
博士号をとった人はもう歳をとっているし、博士号をとったわけだから給料も高いわけじゃないですか。会社としては「うちはいりません」と。そうなるともうみんな就職できないですよ。
これを大隅先生は嘆いているわけで、しかも大隅先生だけじゃないですよ。益川(敏英)先生もノーベル賞をとった時に散々テレビで言っていました。自分が研究をしていた頃に比べていまは大変なことになっているぞ、と何度も警鐘を鳴らしていました。でも、マスコミはノーベル賞でお祭り騒ぎをするだけで、基礎研究の危機的状況を報道することはない。
研究者の間では基礎研究の空洞化は大問題になっています。このままでは、いまから20~30年後はもう誰もノーベル賞をとれなくなるかもしれない。それを皆さん訴えているんです。ニュートリノ研究で小柴(昌俊)先生のお弟子さんである梶田(隆章)先生はノーベル賞をとれた。問題は梶田先生のお弟子さんはとれるか? ということ。
振り返ってみると日本人が初めてノーベル賞をとったのは湯川秀樹氏。1949年のことでした。そこから半世紀は、ほんとうに少ないんですよ。湯川秀樹氏がとって、次は1965年に朝永振一郎氏がとってと。要するに昔は10年にひとりの世界だったわけですが、いまは毎年のように受賞者が出ています。それがまた10年に1度に戻ってしまうのではないか、という危機感があります。
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