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横塚眞己人『さがりばな』 一晩しか咲かない花の命の輝き【緒形圭子】

「視点が変わる読書」第17回 『さがりばな』横塚眞己人 著

 

 翌朝5時、今度は馬場先生と一緒にさがりばな鑑賞ツアーのボートに乗ってさがりばなが群生する川の支流まで行った。すると、川岸に咲くさがりばなが、一つ、また一つと落ちているところに遭遇した。昨夜咲いたばかりだというのに、もう散ってしまうのだ。川の水面は散ったさがりばなでいっぱいで、風が吹く度に、綿毛のようなおしべを揺らし、すーっと漂っている。夢幻としかいいようのない光景に感動しながらも、やるせない気持ちにもなった。

 せっかく花として生まれてきたのに、咲くのは夜で朝には散ってしまう。何故そうなのかは、他の花との生存競争に勝つため、夜に咲いて短時間で受粉をする必要があるからなど生態系上の理由があげられているが、それにしても一晩というのは残酷ではないだろうか。

 水面に浮かぶたくさんの花を眺めながら私は考えた。もしも自分がさがりばなだったら、どうだろう。長い時間をかけて成長し、ようやく開花したと思ったら、数時間で散らなければならないとしたら?

 そこで脚本は、さがりばなの「サラ」を主人公とし、彼女がさがりばなとして生まれた自分の運命をうらめしく思いながらも、命の意味を考えて成長していく物語に仕上げることにした。

 

 公演後半の「さがりばな」は、紺野さんの朗読によって幕を開けた。舞台のスクリーンには横塚さんの写真が映し出され、ピアノとハンマーダルシマーの演奏が南国のムードを高めていく。

 この前私が「さがりばな」の公演を見たのはコロナ前だったから、67年ぶりのサラとの再会である。

 サラは自分が一晩しか咲くことのできない花であることを知らずに育つ。しかし、蕾になった時、森の長老の大木にそのことを知らされ、ショックを受ける。花として生まれながら、夜に咲いて朝には散ってしまう自分の存在とは何なのかと悩み、苦しむ。しかし、朝に咲いて夕方には散ってしまうオオハマボウの「ゆうな」や、蛾、森の精霊と交わるうちに自分の命の意味を見出したサラは迷いを吹っ切り、水面へと落ちていく。

 茎から離れ、ふわりと宙を舞うサラの姿をスクリーンで見ながら私は、誰しも与えられた自分の命から逃れることはできないのだと思った。

 ハンマーダルシマーの最後の音が消えると会場は一瞬静まりかえり、その後、大きな拍手が起こった。

 

文:緒形圭子

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緒形圭子

おがた けいこ

文筆家

1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。

『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。

紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。

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