自発的に性産業で働いている人たちのことをフェミニズムは一体どう考えているのか?【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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自発的に性産業で働いている人たちのことをフェミニズムは一体どう考えているのか?【仲正昌樹】

「ポルノと女性の権利」についての考察1

ロンドンのセックスワーカーらが立ち退き要求に抗議してデモ行進した時の様子(2013年10月9日/写真:ロイター/アフロ)

  

■強制的にやめさせるべきなのか?

 

 一般的にフェミニズムは、「ポルノ」を女性の権利を根本的に侵害するものとして告発する傾向が強いが、(心から望んでいるかは別として)ある程度自発的にポルノなどの性産業で働いている人たちのことはどう考えるのだろうか。自分の意志を表明することさえできない、あるいは、自分が本当は何を望んでいるか分からない状態にある人も多くいるので、本人の意志に表面的に反する形になっても、強制的にやめさせるべきなのだろうか?

 

キャサリン・マッキノン

 

 「セクシュアル・ハラスメント」を法概念として定式化したことでも知られるアメリカのフェミニズム法学者キャサリン・マッキノン(一九四六-)とラディカル・フェミニズムの活動家アンドレア・ドゥウォーキン(一九四六-二〇〇五)は、「反ポルノ条例 Pornography Ordinance」の雛形を作った。この条例モデルは、ポルノを制作すること自体を違法化し、出演した女性が制作過程で制作会社サイドから受けた被害を訴える権利を認めるだけでなく、間接的な被害を受けた女性にも制作会社を訴える権利を付与するものだった。自分の配偶者や恋人がポルノに影響を受けて暴力的な性行為に及んだら、そのポルノを制作した者に損害賠償を請求する権利があるということだ。この条例案は実際にミネアポリスを始めいくつかの市で採択された。

 

アンドレア・ドゥウォーキン

 

 ポルノの間接的な害まで損害賠償にするというのは、人間関係における責任の範囲についての通常の理解を大きく越えているように思えるが、マッキノンたちの独自の精神分析的なジェンダー理解がある。彼女たちにとって、この社会は、男性的なファロス幻想と結びついた暴力によって基礎付けられている。つまり、自分たちはファロスを持っているがゆえに強いと思い込みたい男性たちが暴力によって女性たちを服従させることによって、私たちが生きている世界の秩序が基礎付けられたのである。ポルノは、そのファロス中心主義的な支配の根拠にある暴力を再現することで、男性の支配を再確認・強化するための行為だというのである。

 無論、この前提に立てば、女性は未来永劫、ファロス的秩序に囚われ続け、法律によって暴力が顕在化することをある程度防ぐことしかできない、ということになる。更に言えば、もしこの世界が全面的にファロス中心主義の幻想によって成り立っているのであれば、マッキノンのようなラディカル・フェミニストだけがそうした幻想の支配を逃れて、それを批判し、対抗できる視座が持てると言えるのはどうしてか、彼女たちこそファロス中心主義の幻想を批判しているつもりで、その大前提になっている幻想――「この世界は、男性中心に創造されたので、この世界が続く限り、女性は解放されない」――を肯定する役割を担ってしまっているのではないか、という疑問を払拭することはできない。精神分析の影響を受けたラディカル・フェミニズムの理論にはそういう性質のものが多い。

 このように、ポルノをファロス幻想強化の道具として徹底的に違法化しようとするマッキノンに対し、同じく精神分析を取り入れた、ポストモダン・フェミニズムの法哲学者ドゥルシラ・コーネル(一九五〇−二〇二二)は、現にポルノワーカーである女性の立場からこの問題を捉え直している。

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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