自発的に性産業で働いている人たちのことをフェミニズムは一体どう考えているのか?【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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自発的に性産業で働いている人たちのことをフェミニズムは一体どう考えているのか?【仲正昌樹】

「ポルノと女性の権利」についての考察1

 

■ポルノワーカーの立場はどうなってしまうのか?

 

 コーネルも基本的にポルノには批判的な立場を取るが、ポルノを違法化した時、ポルノワーカーの立場がどうなるかを重視する。彼女たちにポルノに代わる新しい収入源を与えたら問題は解決すると考えるフェミニストや左翼は多そうだが、そこがコーネルの論点ではない。彼女は、ポルノワーカーのアイデンティティに焦点を当てる。

 

ドゥルシラ・コーネル

 

 有名なポルノワーカーへのインタビューで、コーネルはその女性に、ポルノワーカーになろうと思った原点について聞いている。その女性は幼少時、自分の祖父から性的いたずらをされた。辛かったが、終わった後で、小遣いをくれたことだけが嬉しい思い出として残った、と述べている。コーネルはその思い出が、その女性のアイデンティティの核になったのではないかと示唆する。

 ラカン派の精神分析では、人間の心的領域は「現実界/象徴界/想像界」の三つの領域に分けられる。「現実界」というのは、我々が肉体を持った人間であるがゆえに不可避的にぶつかる物理的な限界を指す。「象徴界」は、我々の生に意味を与えるファロスを中心とした記号体系である。「想像界」は、お互いのイメージを介して相互に関係する、結び付いたり、反発したりする関係である。PCに譬えると、「現実界」が物質として存在するPC、ハード、「象徴界」がプログラム、ソフトだとすると、「想像界」は画面に現れるイメージ、文字、図形、アイコンなど、ということになるだろう。

 コーネルは特に「想像界」に関心を持つ。人間の原初的な自己意識、自己の身体のイメージは「想像界」で形成されるからである。物心がまだつかない乳幼児は、周囲の他者たちの身体やその動きをイメージとして捉える中で、それらをいわば鏡像として自分の像を作り上げていく。周囲の人の体の動きを見ながら、それらとよく似ているように見える、自分の身体の構造やその動かし方をイメージするようになる。それが、その人の自己認識、アイデンティティの基盤になる。

 無論、そうやって他者のイメージを鏡にして自己形成するというのは、乳幼児に限ったことではない。「想像界」が形成され始めたばかりの乳幼児の場合、周囲の他者からのイメージを一方的に取り込み、他者にフィードバックすることは少ない。大人の場合、他人の話し方、身ぶり、文章、生き方のイメージを取り込み、自分でも気付かない内に周囲の他者同士で影響を与え合っている。「想像界」は、そうしたイメージのやりとりで互いに自己形成するのが「想像界」である。

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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