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給付金10万円で喜んでいていいのでしょうか?【中野剛志・新型コロナ緊急事態宣言下の財政政策、その陥穽を問う】

◼️国民を貧困にさせる財政健全化という目標

 気になる点の二つ目は、政府が、2025年度に基礎的財政収支(プライマリー・バランス)を黒字化するという財政健全化目標を掲げているということです。
「基礎的財政収支」とは、税収・税外収入と、国債費を除く歳出との収支のことです。この基礎的財政収支の黒字化目標について、麻生太郎財務相は4月13日、この目標を放棄しないと述べています(【註1】参照)。

【註1】2020年4月13日『時事ドットコム』
財政目標「放棄しない」 麻生財務省

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020041300357&g=eco

 政府が国民に一人当たり10万円を支出すると、単純計算で約12兆円の政府支出になるので、基礎的財政収支の赤字は、当然、約12兆円、拡大します。
つまり、国民が約12兆円分受けとって豊かになるということは、国家財政が約12兆円分、赤字になるということです。
このように、政府の財政赤字は、民間部門の収支の黒字です。

 政府が財政黒字を目指すということは、国民が貧しくなるということです。

 財政健全化とは、国民貧困化なのです。
ですから、財政健全化は、政治家や官僚が自慢したり、国民が求めたりするようなものではありません。

 さて、2025年度までに基礎的財政収支を黒字化する目標があるので、緊急事態下で国民に給付された総額約12兆円は、後で、増税などによって、政府に回収されるということになります。

 ということは、基礎的財政収支黒字化目標がある限り、政府は、国民に一人当たり10万円を「給付した」のではなく、言わば「貸した」だけということになってしまいます。
したがって、一人当たり10万円の「貸付」ではなく「給付」にするためには、基礎的財政収支黒字化目標を撤廃しなければならないのです。

 ちなみに、今回のコロナ危機を受けて、政府債務を憲法で制限しているドイツですら、その制限を停止しました。(【註2】参照)。

【註2】2020年3月22日『REUTERS』 
 ドイツが新型コロナで1500億円ユーロの緊急予算、債務制限を停止
https://jp.reuters.com/article/germany-debt-idJPKBN21905J

 EU(Europe Union=欧州連合)も、加盟国に課していた厳しい財政規律を一時停止することにしています。
さらに言えば、EUの財政規律は、基礎的財政収支黒字化ではなく、一般政府財政赤字GDPを3%以内に、一般政府債務残高GDPを60%以内に維持することでした。この財政規律は、歳出削減や増税をしなくても、GDPが成長すれば達成できるので、基礎的財政収支黒字化目標より、ずっと賢いやり方です。

 ちなみに、アルゼンチンは、基礎的財政収支黒字化目標を達成した2001年の暮れに、そのドル建て政府債務がデフォルトしました。
ギリシャもまた、基礎的財政収支を黒字化した2013年の2年後に事実上のデフォルトとなりました。

 日本は、何のために、基礎的財政収支黒字化目標を堅持しているのでしょうかね。

 もっと言えば、EUのうちユーロ加盟国は、自国通貨を放棄しているため、デフォルトのリスクがありますが、変動相場制の下で自国通貨を発行する日本には、財政破綻のリスクはないので、EUのような財政規律すらも不要なのです(【註3】参照)。

【註3】2020年4月14日『BEST TIMES』
国民の命と国家財政と、どっちが大事なのでしょうか【中野剛志・新型コロナ緊急事態宣言下の日本の指針を語る】​
https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/11567

 というわけで、一人当たり10万円の給付金がもらえるという話も、消費税や基礎的財政収支黒字化目標がある限りは、喜んでばかりはいられないということです。

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中野 剛志

なかの たけし

評論家

1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)など多数。


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