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真田に対抗した、もうひとつの“赤備え”井伊直孝の大坂冬の陣

大河ドラマ『真田丸』で登場したもうひとつの赤備え、井伊直孝を先取り紹介

大坂冬の陣では真田信繁の〝赤備え〟に敗北

 慶長十八年(一六一三)七月十七日、秀忠から伏見城番を渡辺守茂とともに命じられた。もちろん大坂城の豊臣秀頼を睨んでの任命だった。直孝は駿府の家康に挨拶に立ち寄る。

 従う家臣は上州から召し連れて来た者ばかりで、騎馬武者五十騎、鉄砲の者三十人、中間二百五十人、徒(かち)の者四、五十人だった。
 
 家康は直孝の精悍さに目を細め、赤備えを率いるにふさわしい若大将と確信し、井伊家はこの直孝が継ぐべきだと裁断した。そこで軍(いくさ)を好まぬ病弱な長男直継を江戸に召喚し押籠(蟄居) にした。

 翌年、大坂冬の陣に動員命令が下る。『井伊家系譜』には「慶長十九年、大坂の乱の節、兄直勝(直継) 病身のため、彦根の人数を直孝が召し連れ、急ぎ参陣致すべしとの上意によって、彦根の人数が伏見に到着すると、宇治橋を固めた。その後、先鋒として大坂に発向した」とある。公式には病身の直継の名代として、直孝が彦根藩兵を率いたことになっている。

 直孝の彦根軍は十月二十九日に大坂の住吉、続いて天王寺に陣を張った後、大坂城の総構えの外に真田信繁(幸村) が築いた、出城といえる真田丸の攻撃に参戦した。

 前田利常の加賀勢が真田丸の南正面に駐屯し、左右を南部利直や松倉重政、脇坂安元などの小隊が固めていたが、大部隊としては前田軍の西に井伊直孝が控え、さらにその西に松平忠直の越前勢がいた。

 十二月二日、家康と秀忠は本営を前進させたのに伴い、井伊隊も総構えに接近して、一斉射撃をして気勢をあげた。秀忠は「まずい」と顔をしかめたが、家康は逆に井伊軍を褒めた。そして家康は前田の陣を巡視し、利常に「急な城攻めは慎め。塹壕(ざんごう)を掘って、土塁を築き、大砲を撃ち込め」と命じた。そこで前田軍は塹壕掘りをはじめる。
 
 すると大坂方は真田丸の前方にある篠山(ささやま)に出て来て、塹壕を掘る前田軍を銃撃したため、前田軍に多くの死傷者がでた。そこで篠山を前田勢が攻めると、真田勢は真田丸に引き返し、さんざんに前田軍の悪口を叫んで挑発した。堪忍袋の緒が切れた一部の前田の兵が軍律に違反して翌三日未明、立ち込める霧を目隠しに真田丸に殺到した。
 
 夜明けとともに霧が晴れると、深い堀底から真田丸を攻略しようとする前田勢は丸見えで、三十センチ間隔に空けた鉄砲狭間からの激しい銃撃と弓矢に狙われただけではなく、石、木を投げ落とされたために前田軍は死者の山を築いた。
 
 真田丸の方から聞こえてくる銃声に直孝は井伊家の先鋒の栄誉を無駄にするなと、真田丸に向かった。しかし真田丸と総構えからの間断ない銃撃に立ち往生して死傷者が続出し、続いた越前の松平軍もまた同様だった。

 家康は撤退命令を出したが、動けば撃たれることから各隊は引くに引けなかった。井伊軍では重臣の岡本半助が直孝の下知を受け、三度も堀底に下りて撤退命令を伝えたが、帰って来た半助の母衣(ほろ)には十六カ所も鉄砲の弾跡があったという。

 真田丸の攻防は徳川方の一方的な敗北となり、夕暮れとともに終わった。「寄せ衆一万五千人ほど打たる」と『東大寺雑事記』はいう。井伊軍の死傷者は百二十六とされるが、徒士・足軽・雑兵(ぞうひょう)を加えると、その被害は一桁上の数字になるとされ、『当代記』は「佐和山家中は過半手負、打死せしむ」と戦闘のすさまじさを物語る。井伊の赤備えに対し、真田信繁もかつて武田の勇猛な家臣だっただけに、赤備えの軍装であり、井伊の赤備えは真田の赤備えの軍門に下ったことになる。

 だが徳川方は大坂城本丸に向けて大砲を間断なく発射して、轟音と地響きで淀殿を揺さぶり、和睦に持ち込むことに成功した。そこで真田丸も総構えも破壊して、二の丸まで壊平し、家康は大坂城を本丸の堀を残すだけの裸城にしてしまう。直孝もこの城割普請に携わり、傷ついた井伊軍が彦根に帰還したのは翌年の二月三日だった。

 

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楠戸 義昭

くすど よしあき

1940年和歌山県生まれ。立教大学社会学部を卒業後、毎日新聞社に入社。学芸部編集員を経て歴史作家に。著書に『戦国武将名言録』『この一冊でよくわかる!女城主・井伊直虎』(以上PHP文庫)、『吉田松陰「人を動かす天才」の言葉』『坂本龍馬の手紙 歴史を変えた「この一行」』(以上三笠書房・知的生きかた文庫)、『山本八重』『文、花の生涯』『井伊直虎と戦国の女城主たち』(以上河出文庫)ほか多数。


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