心温まる由利高原鉄道の旅
愛らしい秋田おばこ姿の女性アテンダントがもてなす「まごころ列車」
JR秋田駅から特急「いなほ号」で35分、羽後本荘駅に到着する。この駅から、鳥海山ろく線の愛称で親しまれている由利高原鉄道に乗車した。列車の接続がよくなく、1時間近く待った後、矢島行きの1両編成のディーゼルカーに乗りこんだ。
各駅停車の普通の列車だが、「まごころ列車」という愛称が付き、秋田おばこのイラスト入りのヘッドマークも掲げている。1日1往復のイベント的な列車で、秋田おばこ姿の女性アテンダントが乗り降りの案内はもちろんのこと、車窓案内、列車や鉄道の説明、そして車内販売など真心をこめてサービスしてくれるのだ。
車両もつい最近登場した新しいもので、側面には鳥海山と秋田おばこのイラストが描かれ「おばこ」と大書されている。明るい車内の4人掛けボックス席には大きなテーブルも設置され、食事はもちろんのこと、地図を広げて沿線のようすを調べることもできる。終点矢島まで40分程のミニトリップなのに、きれいなトイレが設置されていて安心だ。第一印象は極めて良好である。
発車後、しばらくJR羽越本線と並走し、やっとのことで分かれるとすぐに最初の駅薬師堂に到着した。和風の小さな駅舎が立っているが、新しく小奇麗だ。次の子吉駅も同じような駅舎だが、これも新しい。車両も駅も新しく、古びてどこか淋しげなローカル線の暗いイメージが払拭されているのが好ましい。線路の脇には、背の高いフェンスが延々と続いている。横殴りの吹雪対策とのことで、厳しい冬が長く続く北国らしい風景だ。
次の鮎川駅との間の線路際には、廃校となった小学校の木造校舎が立っていた。国の登録有形文化財とのことで、美しくも懐かしい姿を今に伝えている。子吉川を渡り、曲沢駅を出ると、車窓右側に鳥海山がきれいに見えるビューポイントがある。アテンダントさんが教えてくれたのだが、あいにくよく見えない。いや、見える日が一年を通じて数えるほどしかないそうで、はっきり山容を望むことができるのは極めてラッキーなことだという。この日はかろうじて山頂付近だけが僅かに顔をのぞかせていた。
羽後本荘駅を出て約20分で、この路線のほぼ中間地点に当たる前郷(まえごう)駅に到着した。上り列車との行き違いが行われ、今どき珍しいタブレットの交換がある。全国でも残り僅かな貴重な鉄道シーンだが、何とその様子を撮影させてくれるのだ。ホームに降りると、運転士さんと駅員さんが、ストップモーションのように動きを止めて、撮影が終わるまで待っていてくれた。何とも嬉しいサービスである。
運転を再開すると、列車は田園地帯をさらにのんびりと進んでいく。小さなトタン張りの小屋のような駅舎のある久保田駅、田圃の真中にぽつんと立っているような吉沢駅。どれをとっても印象的な駅ばかりだ。川辺駅を発車しようと動き出したら、列車は急停車した。何かあったのかと思って外を見ると、一人のおばあちゃんが息を切らしながら駅に近づいてくる。運転士さんが立ちあがってわざわざドアに向い、アテンダントさんと二人で助けるように「慌てることはないからね」と話しかけながら車内へ誘導していた。都会ではありえない優しさ。心温まる情景だった。
次はいよいよ終点の矢島だが、途中にこの路線唯一のトンネルがある。この日はふつうに通り抜けていたけれど、クリスマスのイベント列車では、トンネル内ではサプライズが待っているとのことだ。
そして、終点の矢島駅。町の施設が併設されたかなり大きな木造駅舎で、建て替えられて何年も経っていないためか、まだ新しい。風格ある外観のため、東北の駅百選にも選ばれている。駅舎内には売店があり、その名物おばあちゃんの名前に因んで「まつ子の部屋」という。帰りの列車までの待ち時間にお話ししてみたけれど、実に楽しい人だった。
羽後本荘へ戻る列車が発車しようとしていたら、売店からまつ子さんが小走りにやってきた。「ありがとう、また来てね」と手書きされた旗を持ち、列車が動き出すとそれを大きく振って見送ってくれた。列車の最後尾から手を振ったら、まつ子さんは、いつまでも旗を振っていた。わずか2~3時間の滞在だったけれど、いくつも心温まる思い出をつくってくれたので、また来たいと思った。今度は、ゆっくり矢島町を散策したり、途中下車しながら沿線をめぐりたいものだ。