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芥川賞作家・柳美里が愛読した「いまを実感するための本」

第1回「柳美里書店の10冊」

 「将来、南相馬市に書店を出したい」

 そう話すのは作家の柳美里氏。柳氏にとって作家デビュー30年、芥川賞受賞から20年と節目の年に出版した初の新書人生にはやらなくていいことがある』が売り上げを伸ばすなか、そうした「書店への思い」から新たな試みも行った。

 『人生にはやらなくていいことがある』刊行に際し、「書店に足を運んでもらえるきっかけになれば」と出版社、書店とタッグを組み、親交のある著名人の寄稿、作家生活を振り返ったインタビュー、お勧めの書籍を紹介する『柳美里新聞』なるものを発行。350店舗以上に無料で設置されている。

 出版関係者や読者からは「改めて柳さんの本を読んでみたいと思った」と声が上がる。
 まだまだ本にはできることがある。そんな思いを胸に書き続ける柳氏が『柳美里新聞 第一号』で紹介した3冊の本を公開。

イモムシ、昆虫、山々に思いを馳せる

 わたしたちはなかなか「今」を実感することができません。人間は過去や未来に思いを巡らす生き物ですから、過去に囚われたり、明日明後日、あるいは数年後、数十年後の未来の不安を先取りしてしまう。
 だからこそ、わたしは日常の中にある「美」に目を向ける。
 そうすることで、「今」という瞬間に自分自身を引き合わせることができるのです。(『人生にはやらなくていいことがある』より抜粋)

 私は昆虫が好きです。特に、芋虫毛虫の類を偏愛していて、小学校時代はランドセルを玄関に投げ込むと、捕虫網と虫かごを持って山に入りました。たびたび毛虫の刺毛でかぶれて顔や手足を真っ赤に腫らしましたが、毛虫を見つけると、食草ごと持ち帰り、彼らのユニークな姿や動きを観察したものです。
 

『イモムシハンドブック⑴⑵⑶』 安田守 著、高橋真弓・中島秀雄 監修、文一総合出版

 「虫博士」というあだ名で呼ばれていたときもあり、昆虫の研究を仕事にできたら幸せだろうなと思いましたが、残念ながら、その道には進まなかった。でも今でも虫は大好きで、毎年蝶や蛾の幼虫を家の中で飼育して、羽化させて外に放ちます。
 そんな私が年間を通じていちばんよく頁をめくる本は『イモムシハンドブック』(文一総合出版)、愛称イモハンです。ポケットに入るサイズなのがいいし、それぞれの幼虫の愛らしさを捉えたアップ写真がいい。

 

『わくわく昆虫記』 丸山宗利 著、山口進 写真、講談社

 

 最近枕元に置いているのは、アリやシロアリと共生するハネカクシなどの好蟻性昆虫を専門としている丸山宗利さんの近著『わくわく昆虫記 憧れの虫たち』(講談社)です。

 丸山さんの研究者としての独自の眼差しと、匿名の一昆虫少年としての眼差しが交錯していて、面白い。そして、他の一切が目に入らないほど昆虫に熱中していた私自身の子供時代の眼差しをありありと思い出すのです。

 

 

『改訂新版 福島県の山(新・分県登山ガイド)』 奥田博・渡辺徳仁 著、山と渓谷社

 南相馬に転居して最初に買った本が、『福島県の山』(山と渓谷社)です。「日本百名山」に選ばれている安達太良山、磐梯山、会津駒ケ岳、燧ケ岳、西吾妻山、飯豊山、三本槍岳の2000メートル級の有名どころだけではなく、浜通りで暮らす私たちにとって馴染み深い阿武隈山地の山々も紹介されています。
 東京電力福島第一原子力発電所の立地自治体である双葉町から会津若松に避難している50代の男性は「阿武隈山地の稜線は目をつぶっても思い出せます。時々紙に描いているんです」とおっしゃっていました。

穏やかな稜線を持つ阿武隈山地の山々は、なにがあっても、そこに留まっています。その何千万年の時を想うとき、自分がこの世に留まっていられる時を強烈に意識します。

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柳 美里

ゆう みり

1968年生まれ。高校中退後、東由多加率いる「東京キッドブラザース」に入団。役者、演出助手を経て、86年、演劇ユニット「青春五月党」を結成。93年『魚の祭』で岸田國士戯曲賞を最年少で受賞。97年、『家族シネマ』で芥川賞を受賞。著書に『フルハウス』(泉鏡花文学賞、野間文芸新人賞)、『ゴールドラッシュ』(木山捷平文学賞)、『命』、『8月の果て』、『雨と夢のあとに』、『グッドバイ・ママ』、『JR上野駅公園口』、『貧乏の神様』、『ねこのおうち』、『まちあわせ』他多数。

写真/大森克己



 

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  • 柳 美里
  • 2016.12.10