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11歳で婚約、祖父の戦死……女城主・井伊直虎、波乱万丈な生涯の始まり

1月8日より放送、大河ドラマ『おんな城主 直虎』の主人公、井伊直虎の生涯

十一歳で従兄弟の亀之丞と婚約

 直虎の父直盛が井伊家二十二代当主になる。直虎は十歳前後になっており、利発な少女であった。国人領主の娘の常として、裁縫を習い、学問も身につけるのはもちろんのこと、剣を習い、弓を引き、馬の訓練を怠らなかった。
 
 そんな娘の姿に目を細めながらも、父直盛の嘆きは息子が授からず、子供は娘の直虎唯一人だったことだ。当主となって後継ぎが取り沙汰される。
 
 一族は会合して討議し、当然ながら直虎に婿をもらい、この婿養子を直盛の後継者にすることで意見が一致した。
 
 そして皆が亀之丞に着目した。直盛には四人の叔父がいた。つまり戦死した父直宗の弟たちである。直宗のすぐ下の弟を直満といった。その下に、龍潭寺の住持となった南渓瑞聞がいたが、彼は養子で、直平が龍潭寺を守らせるために自分の子にしたものだった。三番目が直義だった。直宗、直満、直義の三兄弟は正室の井平安直の娘が産んだ子供だった。

 これ以外にもう一人、側室の酒井氏が産んだ直元がいた。

 当然ながら直平と正室井平氏の間に生まれた直満、直義の系列が注目され、直満の嫡男亀之丞が直虎と年齢も近く、婿に最適ということになった。

 この時、亀之丞は数え九歳、直虎を一応十一歳と仮定しておこう。二人は婚約した。

 直虎にとって亀之丞は見知らぬ相手ではなかった。直虎の住む居館本丸からすぐ北の場所に直満の屋敷があった。二人はおそらく幼い時は遊び友達であったであろう。直虎は兄弟がいないことから、跡取り娘とささやかれており、「もしかしたら亀之丞様が自分のお婿さんになるかもしれない」と、思いをめぐらすこともあったかもしれない。

 子供心にお互いを異性として意識し出した頃に婚約が決まり、特別な人となって恋愛感情が一気に高まったと思われる。

 直虎はその気持ちを増幅させながら、夫婦となる日を夢見た。
 
今川氏からの家老、小野政直が仕組んだ罠

 だがこの二人の婚約を喜ばない者がいた。今川氏から派遣された家老・小
野和泉守政直(道高とも) である。彼はひそかに自分の息子を直虎の婿養子に入れ、井伊家の実権を握ろうともくろんでいた節がある。

 はっきりした年齢は不明だが、和泉守政直の嫡子・道好は直虎とそう年齢差がなく、それゆえに、息子を直虎と結婚させたいと思っていたのである。

 しかし井伊一門は今川のスパイといえる小野氏を誰も快く思っておらず、ことに直満・直義兄弟は和泉守政直を毛嫌いしていた。

 息子を井伊家に入れようと思っていたが問題にされず、しかも直虎の許婚が、和泉守も嫌いな直満の息子となれば、やがて直満の力が大きくなり、自分の存在が脅かされるとの危機感を抱いて当然ともいえた。

 そこで和泉守は、直満・直義兄弟を追い落とし、亀之丞までも葬ろうとの策謀をめぐらせた。つまり直満・直義兄弟が今川氏をおとしめる軍謀を企てていると、今川義元に嘘の密告した。

『井伊家伝記』によれば、武田信玄方の家人が井伊家領にしばしば侵入してきたため、直平が息子の直満と直義にこれを追っ払うために兵員や武器の準備をさせたという。これを捻じ曲げて、和泉守は今川氏への謀叛の準備と報告をしたというのだ。

 和泉守はわざわざ駿府まで出向いて、直満と直義の謀叛を訴え出た。これを信じた今川義元は急ぎ、二人を呼び寄せる。

 恐らく二人はどうして駿府に呼ばれのか、理由も定かでないまま馬を飛ばしたのであろう。そして着いてすぐ訳も分からぬままに捕えられた。そこで初めて和泉守の陰謀を知った。だが釈明を聞く耳を義元はもたなかった。

 二人は十二月二十三日、今川館で殺害されたのである。

叔父たちの死、そして許婚との別れ

 小野和泉守は犬猿の仲だった二人の死を見届けて、「為して遣ったり」とほくそ笑み、帰国の途に就く。この時、義元から「直満の実子亀之丞を殺してよい」との許可をもらっていた。その和泉守の帰参より早く、直満・直義兄弟が捕えられたことが伝わった。二人に従った家来が知らせて来たのであろう。やがて謀叛の罪を和泉守にきせられ、殺されたとの情報ももたらされる。その詳細を伝えたのは、もしかしたら、人質に今川に上がった直平の娘に従った者だったかもしれない。

 宗主直盛は叔父の直満・直義が今川に呼ばれ駿府に行ったことは承知していた。恐らく今川氏からの呼出状には、「領内の状況を報告して欲しい」などといった、当たり障りのない理由が書かれていて、直盛の周囲は二人の駿府行きをそう深刻には受け取っておらず、小野和泉守の出張も毎度のこととして気にもとめていなかった。

 それだけに井伊家に取ってまさに青天の霹靂だった。少女の直虎も事件の内容を知って動揺した。

「亀之丞様は大丈夫だろうか」

 直虎が何よりも許婚が心配だった。小さな胸に不安がいっぱいに広がった。「お父さまが罪に問われたのなら、息子の亀之丞様とて無事ではすまされるはずがない」直虎も十歳そこそことはいえ武士の娘である。当時の武門の罪は家全体に及ぶことを彼女は承知していた。

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楠戸 義昭

くすど よしあき

1940年和歌山県生まれ。立教大学社会学部を卒業後、毎日新聞社に入社。学芸部編集員を経て歴史作家に。著書に『戦国武将名言録』『この一冊でよくわかる!女城主・井伊直虎』(以上PHP文庫)、『吉田松陰「人を動かす天才」の言葉』『坂本龍馬の手紙 歴史を変えた「この一行」』(以上三笠書房・知的生きかた文庫)、『山本八重』『文、花の生涯』『井伊直虎と戦国の女城主たち』(以上河出文庫)ほか多数。


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