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韓国人シンガーKが日本の伝統を旅する。「子供を育てるように味を守る」料理人たち

第8回 滋賀伝統食 鮒寿司「魚治」左嵜謙祐さんと鯖棒寿司「すし慶」安達和慶さん

長年受け継がれてきた “伝統”は、必ずしも工芸品とは限らない。たとえば“味”もまた継承され続ける伝統だ。今回、Kさんは海のない内陸県のひとつ滋賀県で愛されてきた魚料理を堪能した。

 

鮒寿しは魚のお漬物
自然の菌が作る味

 びわ湖北部に位置する滋賀県高島市。滋賀、近江の伝統食、鮒寿司の老舗店、魚治がある。鮒寿しは熟れ寿司の一種で、平安時代の書物にも記された古い歴史を持つ発酵食品だ。七代治右衛門、左嵜謙祐(さざき・けんすけ)さんに鮒寿司の作り方を聞いた。

 

「鮒寿しとなるのは、琵琶湖にしか生息しないニゴロフナです。卵を持ったニゴロフナは春先になると手の届くところまで浮いてくるんです。それを捕まえて、中の卵を傷つけないようにワタヌキを行います。それを塩漬けにして、数か月おきます。その間に鮒は水分が抜けていくのです。
 そして、夏の一番暑い時期に本漬けを始めます。水で洗って塩抜きをした鮒のえらぶたにご飯をつめて、桶のなかに鮒、ご飯と重ねるように漬けます。重石をおいて、密封した状態を作ります。夏場はもっとも食品が腐りやすい時期ですが、それは菌が活発に動いているからこそ。その時期に漬け込み、桶の中に、乳酸菌だけが好きな環境、空気のない環境を作るのです。
 この環境だと食品を腐らす菌はあまり動けず、鮒寿しを作ってくれる乳酸菌だけが元気に動ける環境なんです。そうして、一気に乳酸発酵させるのが鮒寿しの作り方です。
 日本の発酵食品の多くは麹菌という菌を増やして作るんですが、鮒寿司はすごく古典的。自然のなかにいる菌しか使わない。乳酸発酵が起こると鮒寿司。お寿司の語源になった酸味が出るので、ほかの菌が動けず、食べ物を保存できるんです」。

 

 

K 昔からそういう作り方なんですね、人間の知恵ですね。
左嵜 人間が築き上げてきた、知恵の塊だと思います。
K どれくらいつけているんですか?
左嵜 2年かけて作ります。
K 2年も!
左嵜 もともと鮒寿司は1年で作る食べ物だったんです。でも、鮒寿司を作るために必要な乳酸菌は、作っている場所や家族が持っている乳酸菌なので、その菌の特性によって、作り方が変わるんです。
K 漬ける場所、家、お店によって味が違うのは、菌が違うから?
左嵜 そうなんです。滋賀県も広いですから。南は温かいし、私たちの北は寒いです。その持っている菌と、菌が作ってくれる環境。うちは寒い場所なので、2年間漬けることにしています。
K 韓国のキムチも、なかに菌を入れるわけではなくて、漬けるときの塩と、空気によって、場所によって、家によって、味が違うんですが、鮒寿しと似ているかもしれませんね。
左嵜 そうなんです。キムチと同じです。キムチも乳酸菌が作っています。きっとキムチ作りの天才のようなおばちゃんが居たりすると思うのですが、それはその人についている菌やおうちにいる菌が、良いキムチを作ってくれるからですよね。それといっしょで、鮒寿しは、原料が魚、鮒になった、原料が魚のお漬物という感覚に近いですね。
K 魚のお漬物と言われると身近に感じますね。
左嵜 鮒寿しも今でこそ商売で作っているんですけど。もともとは家庭で作り、食べるものだったんです。

鮒寿しは「育てる」時間、菌が味を作る

 

左嵜 こちらが蔵になります。普段ここから先は僕しか入らないんですが、今回は特別に。
K 香りがしていますね。天井が少し汚れているような……。
左嵜 一見汚れているように見える天井の黒いのが菌の住処なんです。桶のない場所の天井は黒くなってないでしょう?
K 本当ですね。
左嵜 2年経つといっしょに漬けていたご飯もこんなふうにペースト状になります。そして魚の層。これが鮒寿しの完成直後の状態です。2年前の塩漬け時にはもちろん骨も堅いままなんですが、2年が経って、骨も柔らかくなります。
K 桶の上に水を張っているのは?
左嵜 水を張ることで、中の空気が水を通って、外へ出ていきます。水を通って外へ出た空気は元に戻れないので、樽の中の空気を抜くための水なんですね。中を空気の無い状態にするための仕組みです。

 

K 今、水がポコポコしているのは、空気が外へ出ていっているからなんですね。なんだか息をしているように見えます。食べ物じゃなくて、生き物、子育てみたいですね。
佐嵜 そうなんです。私たちは同じ生き物として今の蔵の状態が桶の中の鮒寿しにとって、心地良いのかを大切な判断基準にしています。上の水を汚れないように変えたり、重りが偏らないように調整し、変えたり。蔵の温度を調整したりする。こういう作業を先代は「守り」(もり)と呼んでいました。
K 完成するまで毎日続くのですか?
左嵜 朝、蔵へ来て、桶の水を変えながら、蔵の空気を見て、今日のこの空気が菌にとって良いか悪いかを判断します。少し空気を動かしたほうが良ければ、その日の風向きを見て、窓の開け閉めをしますね。

 

その後、Kさんは魚治の鮒寿しが味わえる湖里庵でごちそうになりました。

左嵜 まずは鮒寿しだけを召し上がってください。
K この白いのはお米ですか?
左嵜 いっしょに漬け込んで発酵したご飯になります。
K あっ、思ったよりも香りがあっさりしていますね。
左嵜 鮒寿しというと、よく匂いについて、強調されることが多いんですが、ちゃんと作った鮒寿司は、こういう乳酸発酵のチーズに近い匂いがします。
K 最初酸味がすごく強く来ましたが、そのあとから魚のうまみが来ます。
左嵜 発酵したお米を食べ、そのあと日本酒を含んでください。
K 最初、鮒寿しを頂いたときは、味が濃いなと思ったんですが、お米を頂くことでバランスがとれてまとまるんです。そのあとに日本酒。これで1セットなんですね。あぁ美味しい。こうやって食べると、出会いは大事だなって思いますね。

 

左嵜 鮒寿しは出会いの食べ物と言われています。
K 鮒寿し作りでは2年間熟成させるといっても、ただ2年間漬けているだけでじゃなくて、毎日毎日食材のために時間や労力をかけている。だからこそ、“守り”なんですね。
左嵜 本当にそうなんですよね。言葉通り、代々、鮒寿しを作っているんですが、作り方を守る。自分たちが代を継ぐときに先代から言われる言葉があります。「歯車になれ」と。「自分たちの代は、次の代に文化を伝える歯車だから、正しく伝えなくちゃならない」と言われました。そういう手法を守るというと、自分たちが鮒寿しを作っているような言い方になるのですが、鮒寿しを作ってくれるのは、菌なんです。蔵にいてくれる菌たちが心地よく動けるように見守ってあげることが、我々の大事な作業なんです。

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寺野 典子

てらの のりこ

1965年兵庫県生まれ。ライター・編集者。音楽誌や一般誌などで仕事をしたのち、92年からJリーグ、日本代表を取材。「Number」「サッカーダイジェスト」など多くの雑誌に寄稿する。著作「未来は僕らの手のなか」「未完成 ジュビロ磐田の戦い」「楽しむことは楽じゃない」ほか。日本を代表するサッカー選手たち(中村俊輔、内田篤人、長友佑都ら)のインタビュー集「突破論。」のほか中村俊輔選手や長友佑都選手の書籍の構成なども務める。


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