第66回:「全身 黒い」
<第66回>
1月×日
【「全身 黒い」】
気がつけば、黒かった。
生まれてからずっと、「おしゃれ」の意味がわからない。
「陰部を葉っぱで隠しておけば、それでいいじゃないか」。そんな古代ローマ人のごとき価値観でもって、ファッションとは向き合ってきた。
だから服装で冒険をしたことはない。服を買うときに心がけていることはひとつ。「無難なものを選ぶ」。これだけだ。
ルミネの広告のコピー風に書くと、
とにかく、奇抜でない服を。
とにかく、主張のない服を。
とにかく、個性のない服を。
みたいな感じで、いつも服を選んでいる。
地味で、華のない。そんな服ばかりを着て、ずっと生きてきた。
21歳の頃は、民宿みたいな服ばかり着ていた。
22歳の頃は、軽自動車のシートみたいな服ばかり着ていた。
23歳の頃は、歯医者の受付の壁紙みたいな服ばかり着ていた。
24歳の頃は、白湯みたいな服ばかり着ていた。
25歳の頃は、滋賀県みたいな服ばかり着ていた。
26歳の頃は、トータス松本のいないウルフルズみたいな服ばかり着ていた。
27歳の頃は、活断層みたいな服ばかり着ていた。
28歳の頃は、地理公民科準備室みたいな服ばかり着ていた。
29歳の頃は、法事で出される煮物みたいな服ばかり着ていた。
30歳の頃は、動物園の水鳥コーナーみたいな服ばかり着ていた。
もう一度言う。地味で、華のない。そんな服ばかりを着て、ずっと生きてきた。
そしていま。31歳。そうやって地味な服を着ることだけを信条に生きてきた男は、いったいどんなファッションで日々を過ごしているのだろうか。
正解は、全身、黒ずくめである。
パーカーも黒。ズボンも黒。靴下も黒。なんなら、下着も黒である。
パッと見、なんかしらの機材スタッフにしか見えないコーディネート。
というか、ジッと見ても、なんかしらの機材スタッフにしか見えないコーディネート。
自分でも、こうなったことに驚いている。
これは、大発見ではないのだろうか。「おしゃれ」の意味を理解できない者の究極形。色というものを避けに避けた末にたどりついた、新大陸。それが、黒ずくめなのである。
ファッションというものを語るときに「おしゃれ」と「ださい」の二元論になってしまうことを、僕はずっと歯がゆく思っていた。
僕はすぐに「ださい」側の人間としてカテゴライズされる。たしかに二元論で言えば「ださい」側ではある。しかし、待ってほしい。「ださい」とは、つまり「おしゃれ」に失敗した者に対する負の称号である。僕のような人間は、そもそも、「おしゃれ」に挑戦などしていない。最初から、土俵にのぼっていない。なんというか、ハナから逃げの姿勢の、ファッションセンスなのである。それをきちんと形容してくれる言葉がほしいと、常々思っていた。自ら進んで面白味ゼロで無機質な服を着る僕たちに、「ださい」とは違う形容がほしかった。
そして今、僕は我が身を持って、その形容詞を発見した。
「おしゃれ」「ださい」に続く、第三のファッション用語。それは「黒い」である。
もう僕のことは「ださい」などと呼んでほしくはない。「黒い」と呼んでほしい。
ようやく長年の苦悩から解放され、軽くなった気持ちでおもむろに「全身 黒い」で検索してみたところ、窃盗団のニュースがたくさん現れ、心は再び重くなった。
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