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オバマの「チェンジ」とは後退だったのか?――退任演説から見えた民主主義の哲学

アメリカが求めた「チェンジ」の正体

オバマの哲学がにじみ出た退任演説

「チェンジとは、普通の人々が関わり、担い、共に要求した時にだけ起きるものです。これは、私だけが持つ信念ではなく、私たちアメリカ人が持つ、自治という勇敢な実験の理念に脈打つ信念なのです」
「みなさんこそがチェンジだ」
「絶え間ないチェンジこそがアメリカを特徴づけるものです。それは、何かを恐れるのではなく受け入れることなのです」
「みなさんの大統領として、最後のお願いがあります。それは8年前、みなさんが私にチャンスを与えてくれた時と同じことです。どうか信じてください。チェンジをもたらすのは私の力ではなく、みなさんの力だということを」

 

 

 バラク・オバマ前大統領が、1月10日に地元であるシカゴで行った退任演説で強調した言葉である。一時間近くに及んだ退任演説は、国民、家族、バイデン副大統領、スタッフへの感謝を述べるだけではなく、民主主義とアメリカに対するオバマの哲学が強くにじみ出たものとなった。

 「チェンジ」を掲げて当選したオバマに対してアメリカ国民が期待していたのは、即時的で目に見えるような「チェンジ」だったのかもしれない。リーマン・ショック後の不況と格差拡大に苦しんでいた多くの国民は、新しいリーダーが強力なリーダーシップを発揮して劇的な改革を行い、すぐにでも恩恵を分け与えてくれると期待したことだろう。

 だが実際には、はっきりとわかるほどの劇的な「チェンジ」は起きなかった。オバマは強力な指導力で「悪」を成敗するヒーローのようなスタイルではなく、対話と協調、熟議を重視したのである。その分、「チェンジ」には時間がかかり、骨抜きになっていった。

 いつまで経っても生活の改善が実感できず「チェンジ」に失望した人々の中から、少なからぬ数の人が、わかりやすい言葉で急速な改革を訴えるトランプ支持に回ったのではないだろうか。

 しかし、オバマが訴えていた「チェンジ」とは、一人の強力な指導者の力によって急速に物事が変革させられていくようなものではないということが、今回の退任演説の言葉からうかがえる。「チェンジ」とは、一度に急速に起こるものではなく、常に継続して起こり続けているものであり、アメリカの建国以来約240年の間、絶え間なく続けられてきたものなのである。

 アメリカ建国の父たちは、圧政に抵抗して平等と権利を要求し、共和政を確立した。だが、彼らもまたそれぞれ相反する考えを持ち、議論を行いつつ、連帯のために妥協した。そして、憲法に人間は生まれながらにして平等であり、権利が与えられているとする信念を書き込んだ。

 だが、憲法はただ書かれたままでは一切れの紙に過ぎない。憲法に実際の力を与えたのは、建国の父に続くアメリカ国民たちであり、建国当初は完璧ではなかったアメリカをより良いものに変えていくための前進への参加であった。

 奴隷制廃止、女性への参政権拡大、労働者の団結、公民権運動、同性愛者の権利拡大といったアメリカ社会の「チェンジ」は、建国以来引き継がれたアメリカと民主主義の精神をより前進させようとする普通の人々の力が起こしてきたのである。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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