第68回:「ロッテワールド ホテルについてくるダンサー(後編)」
<第68回>
2月×日
【「ロッテワールド ホテルについてくるダンサー(後編)」】
(前回からの続き。公園で、小学生男子が鈴なりになって木の上でゲームをしているのを目撃したワクサカさん。彼らを分析し、「つまり男とは、ほとんど土鳩である」という結論に至ったワクサカさんですが、では、「小学三年生女子」はというと……)
前置きが長くなった。
では小学三年生の女子は、群れると、どうするのであろうか?
その疑問を解決する光景を、僕は今日、目撃した。
僕は、電車に乗っていた。
隣に小学三年生とおぼしき年頃の女子たちが乗り合わせていた。
彼女たちはお喋りに華を咲かせていた。
「そういえばさあ」
グループの中のひとりが、口を開いた。
「あたし、この前、お母さんと韓国に行ったんだ」
すると間髪入れずに、他の子たちが
「すごーい」
「やばーい」
「すごいし、やばーい」
と少なすぎるボキャブラリーで色めき立った。色めき立ったのだが、よく見ると目の奥が団地のおどり場に落ちている雑巾みたいに乾いているのが気になった。
「で、ロッテワールドって遊園地に行ったんだけどさあ」
韓国自慢の女の子は、得意気に話を続けた。
「ロッテワールドって、ディズニーランドよりも面白いよ」
その発言を受け、他の子たちは
「やばーい」
「すごーい」
とまたしても色めき立った。言葉をふたつしか知らないのか。
すると、
「ねえ、ロッテワールドにもショーってあるの?」
と質問をぶつける子が現れた。
「‥あるよ」
若干、不安げな間を置きつつ、韓国自慢の女の子は答えた。
「どんなショーなの?」
「‥すごいよ。すごいショーだよ」
さっきまでの得意気な勢いが消え、どこか薄いトーンになる韓国自慢女子。横で聞いていて、ハラハラしてくる僕。もしかしてこの子、ショーは観ていないんじゃ?!
「どうすごいの?」
残酷な会話が始まる予感がした。
「あのね、ダンサーが、たくさんいるの」
なんとぼんやりとした情報だろう。周りも「ふうん」と気のないリアクションである。がんばれ、韓国自慢女子!もっとディティールを盛り込むんだ!
「あたしね、そのダンサーに腕を握られて、ショーに無理やり参加させられそうになったの」
お!いいぞ!リアリティがあるぞ!周りの子たちも「やばーい」「すごーい」と再び色めき立ったぞ!でも、引き続き目の奥は死んでるぞ!
しかし、ああ、なんということか。窮地から息を吹き返したことで、韓国自慢女子はここから急速に調子をコキ始めた。
「でね、あたし、そのダンサーの手を『放せよ!』ってはらったんだ」
突然の「あたしって気が強いところがあるんだよね」アピールである。
「やばーい」
「すごーい」
韓国自慢女子の鼻の穴がふくれていた。まずい、こいつ、気を良くしてやがる!いまからとんでもない豪速球を投げるつもりだ!
「でね、そのダンサーをよく見たらね」
ごくり。僕はツバを飲んだ。
「ウンコまみれだったの」
どんなダンサーだ、それ。
そして、どんなウソだ、それ。
しかし、そんなあからさまなウソに、他の子たちは全く動じず
「やばーい」
とコメントしている。ますます調子に乗った表情を浮かべる韓国自慢女子。しかしここで
「でも、そのダンサーがウンコまみれだったってことは、腕をつかまれた時に、ウンコが服に付いちゃったんじゃないの?」
という、非常に冷静な指摘の声があがった。再びピンチ、韓国自慢女子!
「ううん、あたしを握った手にだけは、ウンコは付いてなかったの」
なんという幸運!ではなく、なんという言い逃れ!しかし、他の子たちは「あんたウソをついてるでしょ」などと言うこともなく「へー、よかったね!」と彼女の12点の返答を受け入れている。
「でね」
こいつ、まだ話を続ける気だ!お前のハートはダイヤモンドで出来ているのか?!
「あたし、怖くなってきて、お母さんに『もうホテルに帰りたい』って言ったの」
「言うよねー」
「それは、言うよねー」
温度のない相づちが飛び交う。
「それでね、ホテルへの帰り道、ふと後ろを振り返ったらね、そのダンサー、あたしについてきてるのー!」
それもう、ダンサーでもなんでもねえよ!
そう叫びたい衝動を、僕は必死にこらえた。
その小学三年生女子たちは「怖いよねー」「ありえないよねー」と言い合いながら、電車を降りていった。
なんだかわからないが、女という生き物の深淵を見た気がして、ゾッとした。
今日、わかったこと。
小学三年生の女子は、群れると、一度ついたウソが止まらなくなる。そしてそのウソを、他の子は乾いた社交性で受け止める。
すべては、自分たちの世界を守るために。
家に帰って「ロッテワールド ホテルについてくるダンサー」で検索しようとしたが、野暮なのでやめておいた。
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